株式会社KRE Appraisal

「現況有姿」契約の落とし穴――引渡し後の5つのトラブルと鑑定評価による回避策

公開日:更新日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
薄暗い和風住宅の廊下に開いた床下点検口と契約書類が置かれたテーブル

はじめに

「契約書に『現況有姿』と書かれているのですが、これって何か問題があるのでしょうか?」――不動産購入の現場で、こうした質問をいただくことがあります。

「現況有姿」とは、不動産売買の契約条項のひとつで、「物件を現状のままの姿で売り渡す」という意味です。一見するとごく当たり前の条項に見えますが、実はこの条項が、引渡し後の買主のトラブルを生む大きな火種となることがあります。

特に相続物件・古家付き土地・任意売却物件など、売主側に物件状況を把握しきれない事情がある取引では、「現況有姿」条項が「売主が責任を負わない」ための盾として機能します。買主はその意味を十分に理解しないまま契約してしまうと、引渡し後に発覚した問題(給排水管の不具合、地中埋設物、越境、相続関係の不備など)について、自己負担で対応せざるを得なくなります。

不動産取引の現場では、「現況有姿で買ったが、引渡し後に思わぬ瑕疵が発覚した」という相談が少なくありません。この記事では、現況有姿売買の本質的なリスクと、鑑定評価による事前回避策について解説します。

第1章:現況有姿売買の基本

1-1. 現況有姿売買とは何か

現況有姿売買とは、不動産を契約時点の現況のまま売却・引渡しする取引形態です。物件の物理的状態(建物の劣化、設備の不具合、地中埋設物など)や法的状態(境界未確定、越境、権利関係の不明確さ)について、売主が積極的に修補・是正することなく、買主に引き渡されます。

契約書では「売主は本物件を現況有姿のまま売主に引き渡す」「買主は本物件の現状を確認の上、現況のまま受領するものとする」といった表現で記載されます。

1-2. なぜ売主はこの条項を入れるのか

売主が現況有姿条項を希望する理由は、主に以下のようなケースです。

① 相続物件:被相続人(亡くなった方)の所有していた物件で、相続人自身が物件状況を十分に把握していない。物件の瑕疵を保証することで後日責任追及を受けるリスクを避けたい。

② 任意売却物件:住宅ローンの返済が困難となり金融機関の同意のもと売却する物件。売主に修補費用を負担する経済的余裕がない。

③ 古家付き土地:建物に経済的価値がほとんどなく、買主は解体前提で購入する想定。売主が建物の瑕疵を保証する意味が乏しい。

④ 投資家・業者間の取引:プロ同士の取引で、買主側もリスクを承知で価格に織り込むことを前提とする。

⑤ 訳あり物件:心理的瑕疵・周辺環境問題など、後日トラブルを招きやすい物件。

これらに共通するのは、「売主が物件の品質保証を回避したい」という動機です。

1-3. 契約不適合責任との関係

2020年4月施行の改正民法により、従来の「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」に変更されました(民法第562条以降)。契約不適合責任とは、引き渡された物が契約の内容に適合しない場合に売主が負う責任で、買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除を請求できます。

ここで重要なのは、現況有姿売買であっても、契約不適合責任が自動的に免除されるわけではないという点です。「現況のまま引き渡す」という条項は、あくまで「物件の修補をせず引き渡す」という意味であり、買主が認識していない隠れた瑕疵について売主が責任を負わない、ということではありません。

ただし、契約書で「契約不適合責任を免除する」「契約不適合責任を3ヶ月に限定する」など、別途特約が定められている場合は、その特約に従います。実務では、現況有姿条項とセットで「契約不適合責任の免責特約」が付されるケースが多く、これが買主にとって最大のリスクとなります。

なお、宅地建物取引業者が売主で買主が個人の場合、契約不適合責任の免責特約は無効とされ(宅建業法第40条)、最低でも引渡しから2年間は責任を負うものとされます。一方、個人間取引・業者間取引ではこの規制は適用されず、契約自由の原則が優先します。

第2章:現況有姿で「損する」5つのケース

現況有姿売買で実際に問題となりやすい、典型的なトラブルを5つ紹介します。

2-1. 給排水管の老朽化(隠れた配管トラブル)

最も多いトラブルが、給排水管の老朽化です。築30年以上の戸建て・マンションでは、給排水管が経年劣化により腐食・漏水を起こすことがありますが、これは床下・壁内に隠れているため、内覧時の目視では発見できません。

典型的なケースとして、築45年の戸建てを「現況有姿・契約不適合責任免責」で購入した買主が、引渡し3ヶ月後に床下の給水管漏水を発見し、修補費用は約120万円かかったものの契約上の保証はなく自己負担となる、というケースが想定されます。さらに、漏水期間中の床材の腐食・カビ発生により、リフォーム費用が当初想定の2倍に膨らむケースも珍しくありません。

対処法:契約前にインスペクション(建物状況調査)を実施し、給排水管の状態を専門家に確認してもらう。インスペクションで発見されたリスクは、価格交渉や修補義務の特約に反映する。中古戸建ての見えないリスクの詳細は、当事務所の過去記事「中古戸建ての『見えないリスク』はどう見抜く?不動産鑑定士が教えるインスペクション×鑑定評価の使い方」も参考になります。

2-2. 越境・越境受け

隣地との境界をめぐる越境(自分の建物・塀・樹木が隣地にはみ出している、またはその逆)は、現況有姿売買では売主が是正しないまま引き渡されます。

典型的なケースとして、相続物件を現況有姿で購入した買主が、引渡し1年後に隣地所有者から「あなたの庇が当方の土地に20cm越境している。建替え時には是正すること、または使用料を支払うこと」と要求される事態が想定されます。覚書もなく交渉が長期化すれば、最終的に庇の切除工事で数十万円規模の費用を要することにもなりかねません。

対処法:契約前に境界確定の状況を確認し、越境物がある場合は売主に覚書(越境是正の取り決め)を取得してもらう。覚書には「次回建替え時に売主側で是正する」といった内容を明記し、買主の負担を最小化する。

2-3. 地中埋設物(廃材・浄化槽・井戸)

土地の地中に埋設物が存在することは、現況有姿売買で発覚しやすい論点です。

典型的な埋設物は以下のとおりです。

  • 旧建物の解体時に残された基礎コンクリート・廃材
  • 使用されなくなった浄化槽・井戸(適切に埋戻しされていない)
  • 旧家屋時代の汚水処理施設・燃料タンク
  • 不法投棄された廃棄物

これらの撤去費用は規模により50万円〜数百万円に及び、買主が新築建物を建てる際の障害となります。たとえば、売主も認識していなかった旧浄化槽が地中から発見され、撤去費用が数十万円規模で買主負担となる、というケースも想定されます。

対処法:契約前に売主に対し「地中埋設物の有無」を書面で確認する。可能であれば地歴調査(過去の土地利用の調査)を実施し、リスクを評価する。

2-4. 用途違反・既存不適格

物件が建築基準法・都市計画法・農地法・宅地造成規制法などの法令に違反している、または既存不適格状態にあるケースです。

たとえば、農地法の許可を取らずに宅地化された土地を「現況有姿」で購入した買主が、後日建築確認申請で許可が下りず建築不能となるケースも想定されます。この場合、土地の経済価値は大幅に下落し、契約不適合責任免責特約により売主への責任追及も困難になる可能性があります。

対処法:契約前に法令適合性の調査を行う。特に登記簿の地目(現況と異なるケース)、用途地域内での用途制限違反、建築基準法上の接道義務違反などをチェックする。

2-5. 相続物件特有のリスク(相続人不明・名義違い)

相続物件を現況有姿で購入する場合、権利関係に隠れたリスクが潜んでいることがあります。

たとえば、登記簿上の名義は被相続人のままだが、実は遺産分割協議が未了で相続人全員が共有状態のケース。売主が「自分が相続した」と称して売却を進めても、後日他の相続人から「自分も相続権がある」と主張され、所有権移転登記の効力が争われる事態に至ることがあります。

また、被相続人が複数の相続を経ており、相続関係が複雑で全相続人を特定できないケース(数次相続)も存在します。

対処法:契約前に司法書士による戸籍調査・相続関係説明図の作成を依頼する。相続人全員の同意を書面で確認し、できれば相続登記を完了してから売買契約を締結する。

第3章:鑑定評価による事前リスク回避

3-1. インスペクションと鑑定評価の違い

「現況有姿」のリスクを事前に把握する手段として、インスペクション(建物状況調査)と鑑定評価が併用されます。両者の違いを整理しておきましょう。

項目インスペクション不動産鑑定評価
担当者既存住宅状況調査技術者(建築士)不動産鑑定士
対象建物の物理的状態不動産の経済価値・権利関係
法的根拠既存住宅状況調査制度(任意)不動産の鑑定評価に関する法律
費用5万円〜10万円程度価格等調査報告書15万円〜、鑑定評価書30万円〜
用途物件の物理的瑕疵の発見価格妥当性・権利リスク・市場価値の判断

両者は補完関係にあり、特に現況有姿売買のような高リスク取引では、両方を活用するのが理想的です。

3-2. 「現況有姿」契約での価格交渉ツール

鑑定評価書は、「現況有姿」契約での価格交渉ツールとしても機能します。

たとえば、売主が「相場通りの価格」と称して提示した売値が、実は鑑定評価額より大きく乖離しているケースも考えられます。買主が事前に鑑定評価を取得していれば、その差額分について交渉余地が生まれます。「現況有姿で引き渡される以上、修補リスクを買主が負担する分、価格を下げてほしい」という交渉も、客観的根拠があってこそ説得力を持ちます。

特に、第2章で挙げた5つのリスク要因(給排水管・越境・地中埋設物・用途違反・相続関係)は、鑑定評価において減価要因として考慮されます。鑑定士は不動産鑑定評価基準に基づき、これらのリスクを定量的に評価し、適正価格に反映します。

3-3. 引渡し後トラブルでの鑑定活用

万一、引渡し後にトラブルが発生した場合、鑑定評価は紛争解決のツールとしても機能します。

具体的には以下のような場面です。

  • 損害額の算定:地中埋設物の撤去費用・修補費用が物件価値に与える影響を算定し、売主への損害賠償請求の根拠とする
  • 減額請求の根拠:契約不適合責任に基づく代金減額請求で、減額幅を客観的に示す
  • 訴訟・調停での証拠:紛争が裁判所での争いに発展した場合、鑑定評価書は強力な証拠となる

詳しくは当事務所の過去記事「不動産鑑定書が裁判で”使えない”と言われないために――弁護士・依頼者が押さえるべき5つの条件」も参考になります。

まとめ

「現況有姿」は不動産売買契約でしばしば登場する条項ですが、その意味するところは「売主の品質保証を回避する」という売主有利な内容です。買主はその意味を十分に理解せずに契約してしまうと、引渡し後の修補費用・トラブル対応費用を全て自己負担することになります。

要点を振り返ります。

  • 「現況有姿」は売主が物件の修補・是正なく引き渡す条項であり、相続物件・任意売却・古家付き土地などで多用される
  • 2020年改正民法の契約不適合責任は現況有姿でも適用されうるが、契約書の特約で免責されるケースが多い
  • 5つの典型トラブル(給排水管・越境・地中埋設物・用途違反・相続関係)は、いずれも事前調査で予防可能
  • インスペクション(物理的調査)と鑑定評価(経済価値・権利調査)の併用が、リスク回避の最強の組み合わせ
  • 鑑定評価書は契約前の価格交渉、引渡し後のトラブル時の損害算定にも活用できる

不動産は「現況有姿」だからこそ、買う前に「現況」を客観的に把握することが重要です。何千万円という大きな取引で「こんなはずじゃなかった」を避けるために、専門家の知見を活用してください。

なお、契約条項の解釈・契約不適合責任の追及など法的な対応は、弁護士にご確認ください。

不動産購入を検討中の方、特に「現況有姿」「契約不適合責任免責」が含まれる契約にご不安をお持ちの方は、ぜひ私たち不動産鑑定士にご相談ください。マイホームの本当の価値を知りたい方、購入前のセカンドオピニオンをご希望の方は、初回の無料相談も承っております。

関連する記事

電話で相談無料相談フォーム