事業承継で自社ビル・工場の評価を間違えると税金が数千万円変わる理由

はじめに
「うちの会社には自社ビルと工場がある。息子に会社を継がせたいが、不動産の評価はどうなるのか?」――事業承継を検討する中小企業オーナーから、私たち鑑定士がよくいただくご相談です。
中小企業庁の推計によれば、2025年までに70歳を超える中小企業の経営者は約245万人に達し、そのうち約半数が後継者未定とされています。事業承継は日本経済にとって喫緊の課題ですが、その中で見落とされがちなのが「会社が保有する不動産をいくらと評価するか」という問題です。
事業承継では、株式の評価額が贈与税や相続税の基礎となります。そして中小企業の株式評価において、不動産は資産の大部分を占めるケースが珍しくありません。帳簿価格(簿価)が数千万円の自社ビルでも、時価が数億円に膨らんでいれば、株式の評価額は跳ね上がり、想定外の税負担が発生します。逆に、時価が簿価を大幅に下回る工場を適正に評価できれば、株式評価額を引き下げ、税負担を軽減できる場合もあります。
この記事では、事業承継における不動産評価の重要性と、具体的な評価方法、税務上のリスクについて、不動産鑑定士の立場から解説します。
第1章:事業承継で不動産評価が重要になる理由
1-1. 中小企業の資産に占める不動産の割合
中小企業の多くは、本社ビル・工場・倉庫・社宅・駐車場など、何らかの形で不動産を保有しています。中小企業の多くでは、総資産に占める不動産の割合が非常に高い傾向にあります。業種にもよりますが、本社ビルや工場用地を自社保有している場合、不動産が総資産の過半を占めることも珍しくありません。つまり、不動産の評価額が変われば、会社全体の資産評価が大きく変動するのです。
例えば、総資産5億円の会社で不動産が2億円(簿価)を占めているとします。この不動産の時価が3億円であれば、含み益1億円が株式評価額に上乗せされます。後継者が株式を贈与で取得する場合、この1億円の含み益が贈与税の課税対象に含まれることになります。
1-2. 株式評価における不動産の位置づけ
非上場株式の評価は、財産評価基本通達に基づいて行われます。評価方法は会社の規模に応じて「類似業種比準方式」「純資産価額方式」またはその併用方式が適用されます。
このうち純資産価額方式では、会社が保有する全資産を「相続税評価額」で再評価します。不動産であれば、土地は路線価、建物は固定資産税評価額が原則です。しかし、路線価は公示地価の約80%水準とされており、実際の時価との間に乖離が生じることがあります。
特に以下のケースでは、通達評価額と時価の乖離が問題となりやすいといえます。
- 都心部の一等地に本社ビルを保有している場合(時価>路線価)
- 地方の工場跡地で土壌汚染や用途制限がある場合(時価<路線価)
- バブル期に取得した不動産で簿価が高止まりしている場合
1-3. 令和8年度税制改正の影響
令和8年度税制改正大綱では、事業承継税制(法人版特例)の特例承継計画の提出期限が延長されました。事業承継税制を活用すれば、一定の要件のもと、非上場株式に係る贈与税・相続税の納税が猶予されます。
ただし、事業承継税制の適用にあたっても、株式の評価額を正確に把握することは不可欠です。評価額が過大であれば猶予税額が膨らみ、将来の取消リスクも高まります。逆に過小評価は税務調査で否認されるリスクがあります。
第2章:事業承継における不動産評価の3つのアプローチ
2-1. 通達評価(路線価・固定資産税評価額)
最も一般的な方法は、財産評価基本通達に基づく評価です。土地は路線価方式または倍率方式、建物は固定資産税評価額を用います。
メリット:計算が比較的容易で、税務署との見解の相違が起きにくい
デメリット:個別の事情(不整形、土壌汚染、建物の老朽化等)が十分に反映されない場合がある
2-2. 不動産鑑定評価
不動産鑑定士による鑑定評価は、不動産の「時価」を最も精緻に把握する方法です。不動産鑑定評価基準に基づき、原価法・取引事例比較法・収益還元法の3手法を適用して評価額を導きます。
特に以下のケースでは、鑑定評価の取得が有効です。
- 通達評価額では反映しきれない減価要因がある場合:土壌汚染、アスベスト、不整形地、高圧線下地、騒音・振動の影響など
- 収益物件として評価すべき場合:テナントビル、賃貸マンション等は収益還元法による評価が適切
- 事業用不動産と機械設備が一体となっている場合:工場等では不動産と機械設備の価値配分が問題となる
鑑定評価を取得することで、通達評価額よりも低い時価を立証し、株式評価額を引き下げられる可能性があります。
2-3. 帳簿価格(簿価)との乖離チェック
事業承継の検討段階では、まず簿価と通達評価額、そして時価(鑑定評価額)の3つを比較することが重要です。
シミュレーション例
| 項目 | 本社ビル(土地・建物) | 工場(土地・建物) |
|---|---|---|
| 簿価 | 1億2,000万円 | 8,000万円 |
| 通達評価額 | 2億5,000万円 | 6,500万円 |
| 鑑定評価額(時価) | 2億8,000万円 | 4,500万円 |
この例では、本社ビルは含み益が大きく株式評価額を押し上げる一方、工場は土壌汚染や老朽化による減価で時価が簿価・通達評価額を下回っています。工場について鑑定評価を取得すれば、株式評価額の引き下げにつながる可能性があります。
第3章:事業承継で注意すべき税務リスク
3-1. 低額譲渡の認定リスク
事業承継に伴い、オーナーから後継者や関連会社に不動産を譲渡するケースがあります。このとき、譲渡価格が時価よりも著しく低い場合、税務上「低額譲渡」と認定され、時価との差額に対して贈与税や法人税が課される可能性があります。
法人税法上、低額譲渡の判定基準は「時価の2分の1未満」とされていますが(法人税法施行令第137条)、個人間や個人法人間の取引では、相続税法第7条の「著しく低い価額」の判定が問題となります。
いずれの場合も、「時価がいくらなのか」を客観的に証明する手段として、不動産鑑定評価書が有効です。
3-2. 財産評価基本通達総則6項のリスク
近年、最高裁令和4年4月19日判決(いわゆる「タワマン節税訴訟」)を契機に、通達評価額と時価の著しい乖離がある場合に、国税庁が財産評価基本通達総則6項を適用して「時価」で課税するケースが増えています。
事業承継においても、会社が保有する不動産の通達評価額が時価を大幅に下回る場合、将来の相続・贈与の際に総則6項が適用されるリスクがあります。特に、相続直前に多額の不動産を取得するスキームは厳しく見られる傾向です。
令和8年度税制改正大綱では、課税時期前5年以内に対価を伴う取引で取得・新築した貸付用不動産について、路線価等ではなく「取得価額を基に地価変動等を考慮した価額の80%」で評価する新ルールが導入されることとなりました(令和9年1月1日以後の相続等に適用)。事業承継を見据えた不動産取得は、長期的な計画が不可欠です。
3-3. 事業承継税制と不動産評価の関係
事業承継税制(法人版特例)を活用すれば、後継者が取得した非上場株式に係る贈与税・相続税の全額が猶予されます。ただし、以下の点に注意が必要です。
- 猶予税額は株式評価額に連動する:不動産評価額が高ければ猶予税額も大きくなり、将来の取消時の負担リスクが増大
- 5年間の事業継続要件:雇用の8割維持、事業の継続等の要件を満たさなければ猶予が取り消される
- 次の後継者への承継が前提:第二後継者に株式を承継しなければ、猶予税額の納税が確定する
こうしたリスクを正確に見積もるためにも、株式評価の基礎となる不動産の適正な評価が重要です。
第4章:事業承継を成功させるための実務ステップ
4-1. 早期の資産棚卸し
事業承継の検討は、少なくとも5年前から始めることが望ましいとされています。まずは会社が保有する全不動産の簿価・通達評価額・概算時価を一覧化し、含み益・含み損の全体像を把握しましょう。
4-2. 専門家チームの組成
事業承継は、税理士・弁護士・不動産鑑定士が連携して進めるのが理想的です。税理士が株式評価と税務申告を担当し、鑑定士が不動産の時価評価を担当、弁護士が法的スキームの設計を担当するという役割分担が有効です。
4-3. 鑑定評価の戦略的活用
全ての不動産について鑑定評価を取得する必要はありません。費用対効果を考慮し、以下の不動産を優先的に鑑定対象とすることをお勧めします。
- 含み損が大きいと思われる不動産:鑑定評価で時価の低さを立証し、株式評価額を引き下げる
- 特殊な減価要因がある不動産:土壌汚染、アスベスト、不整形地等は通達評価に反映されにくい
- 譲渡・現物出資を予定している不動産:低額譲渡の否認リスクを防ぐため、時価の証明が必要
まとめ
事業承継における不動産評価は、株式の評価額、ひいては税負担の大小を左右する極めて重要な要素です。帳簿上の数字だけで判断すると、想定外の税負担が発生するリスクがあります。
要点を振り返ります。
- 中小企業の総資産に占める不動産の割合は高く、不動産の評価額が変わると株式評価額と税負担が大きく変動する
- 純資産価額方式では路線価・固定資産税評価額が原則だが、都心の含み益や地方工場の土壌汚染など、通達評価額と時価の乖離が問題になりやすい
- 低額譲渡の認定リスクや総則6項の適用リスクがあり、不動産鑑定評価書が時価の客観的な証明手段として有効に機能する
- 令和8年度税制改正で事業承継税制の特例承継計画の提出期限延長や貸付用不動産の新評価ルールが導入され、長期的な計画が不可欠になっている
- 事業承継は少なくとも5年前から着手し、税理士・弁護士・鑑定士の専門家チームで進めるのが理想的である
特に、自社ビル・工場・倉庫など複数の不動産を保有する中小企業では、通達評価額と時価の乖離を正確に把握し、戦略的に鑑定評価を活用することで、税負担の最適化が図れます。
事業承継を検討中の企業オーナー様、顧問先の事業承継を支援されている税理士・会計士の先生方、まずは保有不動産の評価についてご相談ください。初回のお打ち合わせは無料で承っております。



