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同じ土地なのに価格が4つ?正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格を不動産鑑定士が解説

公開日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
夕暮れから夜に移る東京のオフィス街をストリートレベルから捉えた風景

はじめに

「この土地はいくらですか」――不動産鑑定のご依頼で最も多いお問い合わせです。

しかし、私たち鑑定士はこの質問に即答できません。意地悪をしているわけではなく、同じ土地でも、何のために価格を知りたいのかによって、求めるべき価格そのものが変わってしまうからです。

不動産鑑定評価基準は、求める価格の種類として正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格の4つを定めています。この4つは「精度の違い」でも「高い順・安い順」でもありません。前提とする市場や条件が異なる、別種の価格です。

そして厄介なことに、依頼目的に合わない種類の価格を求めてしまうと、その評価書は目的を果たしません。裁判所に提出したら証拠として機能しない、税務署に出したら否認される、監査法人に受け入れてもらえない――こうした事態は、価格の種類の取り違えから生じます。

この記事では、4つの価格がそれぞれ何を意味するのか、どんな場面で使われるのかを整理し、依頼の際に何を伝えていただければよいのかを解説します。

第1章:鑑定評価が求める「価格」は1つではない

1-1. 依頼目的が価格の種類を決める

不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節は、鑑定評価によって求める価格を4種類に区分しています。どの価格を求めるかは、鑑定士が勝手に選ぶものではなく、依頼目的と、それに応じて設定される条件によって決まります。

つまり、鑑定評価の出発点は「対象不動産は何か」だけでなく、「何のために評価するのか」なのです。依頼目的が曖昧なまま評価を進めることは、そもそもできません。

1-2. 正常価格――すべての基準となる価格

正常価格は、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格です。

「合理的と考えられる条件を満たす市場」とは、次のような市場を指します。

  • 市場参加者が自由意思に基づいて取引に参加でき、参入・退出が自由であること
  • 取引形態が、対象不動産の価格に不利な影響を与えないものであること
  • 対象不動産が相当の期間、市場に公開されていること

売り急ぎも買い進みもない、通常の売買を想定した価格――これが正常価格です。売買の参考、担保評価、相続や遺産分割、賃料改定の基礎など、鑑定評価の大半はこの正常価格を求めます。

1-3. 4つの価格の位置づけ

価格の種類前提代表的な場面
正常価格合理的な市場での通常の取引売買、担保、相続、遺産分割、離婚
限定価格市場が特定の当事者に限定される借地権者による底地の取得、隣地の併合
特定価格法令等の要請で正常価格の前提を外す証券化、会社更生・民事再生
特殊価格そもそも市場性がない文化財、宗教建築物

第2章:限定価格・特定価格・特殊価格

2-1. 限定価格――市場が限定される場合

限定価格は、市場性を有する不動産について、不動産と取得する他の不動産との併合、または不動産の一部を取得する際の分割等に基づき、正常価格と同一の市場概念の下において形成されるであろう市場価値と乖離することにより、市場が相対的に限定される場合における、取得部分の当該市場限定に基づく市場価値を適正に表示する価格です。

条文の表現は難解ですが、要するに「その当事者にとってだけ特別に価値がある」場合の価格です。基準は次の3つを例示しています。

  1. 借地権者が底地を併合する場合における底地の価格
  2. 隣接不動産を併合して一体利用する場合における当該隣接不動産の価格
  3. 経済合理性に反する不動産の分割を前提とする場合における分割部分の価格

たとえば、間口1.5メートルしかない土地は、建築基準法第43条の接道義務(幅員4メートル以上の道路に2メートル以上接すること)を満たさず、単独では建物が建ちません。しかし隣地の所有者にとっては、併合すれば接道要件を満たし、大きな価値が生まれます。この場合、その土地を第三者に売るときの価格(正常価格)と、隣地所有者に売るときの価格(限定価格)は当然に異なります。

2-2. 特定価格――法令等の要請で前提を外す場合

特定価格は、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格です。

基準が例示するのは次の3つです。

  1. 証券化対象不動産に係る評価において、投資家に示すための投資採算価値を表す価格を求める場合
  2. 民事再生法に基づく評価において、早期売却を前提とした価格を求める場合
  3. 会社更生法または民事再生法に基づく評価において、事業の継続を前提とした価格を求める場合

2番目に注目してください。正常価格は「相当の期間、市場に公開されている」ことを前提とします。ところが民事再生の場面では、時間をかけて売る余裕がありません。正常価格の前提そのものが成り立たないため、早期売却を前提とした特定価格を求めるわけです。

証券化の場面については、当事務所の過去記事「不動産証券化になぜ鑑定評価が必須?TMK・GK-TK・J-REITの3スキームを徹底比較」でも扱っています。

2-3. 特殊価格――そもそも市場性がない不動産

特殊価格は、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格です。

国宝や重要文化財の建造物、社寺の境内地、公共的な用途に供されている施設などが対象となります。これらは売買市場が存在しないため、市場価値という概念そのものが使えません。保存・継続利用を前提として経済価値を把握することになります。

なお、廃校跡地のように、現況では市場性が乏しくとも転用可能性がある不動産は、特殊価格ではなく正常価格の枠組みで評価するのが通常です。この違いについては過去記事「廃校跡地・教育施設の不動産評価——不動産鑑定士が解説する3つの特殊性と転用の論点」もご参照ください。

第3章:依頼目的の伝え方で成果物が変わる

3-1. 数値で見る正常価格と限定価格の差

借地権と底地の関係で、具体的に計算してみましょう。

【前提】

  • 更地としての価格:1億円
  • 借地権の正常価格(第三者に売る場合):4,000万円
  • 底地の正常価格(第三者に売る場合):1,500万円

底地の正常価格が更地価格の15%にとどまるのは、地代収入が限られ、借地権が存続する限り自由な利用も処分もできないためです。底地の価格形成については過去記事「底地はなぜ安い?更地価格の10%〜50%まで変動する理由を不動産鑑定士が解説」で詳しく解説しています。

ここで、借地権と底地の正常価格を合計すると 4,000万円 + 1,500万円 = 5,500万円。更地価格1億円との差額4,500万円が、権利が分かれていることによって失われている価値です。

借地権者がこの底地を取得すれば、完全所有権となり1億円の価値が実現します。借地権者にとって底地取得の上限価格は 1億円 - 4,000万円 = 6,000万円。

つまり底地の価格は、第三者向けの1,500万円から、借地権者向けの6,000万円までの幅を持ちます。この増分価値4,500万円をどう配分するかが限定価格の中身であり、仮に折半とすれば 1,500万円 + 2,250万円 = 3,750万円という水準になります。

「底地の値段を教えてください」という依頼に対して、1,500万円と答えるか3,750万円と答えるかは、誰に売るのかによって決まるのです。

3-2. 依頼時に伝えていただきたいこと

以上を踏まえると、ご依頼の際には次の3点をお知らせいただくと、評価がスムーズに進みます。

  1. 何のために価格が必要なのか(売買の交渉材料/相続税の申告/訴訟の証拠/会計監査の資料 など)
  2. 誰に対して提出するのか(相手方/税務署/裁判所/監査法人/金融機関 など)
  3. いつ時点の価格が必要なのか(現在/相続開始日/決算日/過去の特定日 など)

3番目の価格時点は、特に相続や訴訟の場面で重要です。過去に遡った時点の評価が必要になることも珍しくありません。

依頼の全体的な流れについては、過去記事「不動産鑑定の頼み方、完全ガイド ― 費用・流れ・選び方を現役鑑定士が徹底解説」をご覧ください。

3-3. 賃料にも3つの種類がある

なお、価格だけでなく賃料についても種類の区分があります。総論第5章第3節は、正常賃料・限定賃料・継続賃料の3つを定めています。

継続賃料は、既存の賃貸借契約が継続している場合において、その賃料を改定する際に求める賃料です。新たに募集する場合の新規賃料(正常賃料)とは水準が異なるため、賃料増減額請求の場面では継続賃料を求めなければなりません。ここを取り違えると、交渉や訴訟でまったく通用しない数字を持ち出すことになります。詳しくは過去記事「賃料の値上げ交渉で『新規相場』は通用しない|継続賃料4手法を不動産鑑定士が解説」をご参照ください。

当事務所では、依頼目的の整理から一緒に検討し、目的に適合した価格の種類・条件設定をご提案しております。

まとめ

不動産鑑定評価が求める価格は1種類ではありません。依頼目的によって、前提とする市場も条件も変わります。

要点を振り返ります。

  • 不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節は、正常価格・限定価格・特定価格・特殊価格の4種類を定めており、どれを求めるかは依頼目的によって決まる
  • 正常価格は、市場参加者の自由意思、不利な影響を与えない取引形態、相当の期間の市場公開という条件を満たす市場での価格であり、鑑定評価の大半がこれにあたる
  • 限定価格は借地権者による底地の取得や隣地の併合など、市場が特定の当事者に限定される場合の価格で、正常価格と大きく乖離することがある
  • 特定価格は証券化における投資採算価値や、民事再生における早期売却を前提とする価格など、法令等の要請により正常価格の前提を満たさない場合に求める
  • 依頼時には「何のために」「誰に提出するのか」「いつ時点の価格か」の3点を伝えることで、目的に適合した評価が可能になる

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