簡易鑑定とは?本鑑定との違い・費用・使い分けを不動産鑑定士が解説

はじめに
「正式な鑑定評価だと費用が高いので、簡易鑑定でお願いできませんか」
不動産鑑定事務所に寄せられるご相談の中で、こうしたお問い合わせは決して少なくありません。費用を抑えたいというお気持ちはよく分かります。そして実際に、費用を抑えた調査業務は存在します。
ただし、ここでひとつ正しておかなければならないことがあります。「簡易鑑定」という業務は、法制度上どこにも存在しません。断言します。これは業界内外で慣習的に使われてきた俗称であり、正式には「価格等調査」と呼ばれる業務の一形態を指しています。
そして、この呼び名の問題は単なる言葉遣いの話ではありません。「簡易な鑑定」という語感から、「正式な鑑定評価書の簡略版であり、提出先も同じように使える」と誤解されるケースが後を絶たないのです。実際には、成果物の性質も、使える場面も、まったく異なります。裁判所に提出するつもりで安価な調査を依頼し、いざ提出する段になって使えないと分かる——こうした事態は、費用を抑えるどころか二度手間と余計な出費を招きます。
この記事では、国土交通省の価格等調査ガイドラインを軸に、両者が制度上どう区別されているのか、どの場面でどちらを選ぶべきか、そして依頼時に何を確認すべきかを整理してお伝えします。
第1章:簡易鑑定とは――法制度上の正式名称は「価格等調査」
1-1. 法律上の枠組み ― 価格等調査とは何か
不動産鑑定士が行う業務の枠組みを、まず整理します。
不動産の鑑定評価に関する法律(以下「鑑定評価法」)第3条第1項は、不動産鑑定士の独占業務として「不動産の鑑定評価」を定めています。これは不動産鑑定評価基準に則って行われるもので、成果物が不動産鑑定評価書です。
一方、同条第2項は、不動産鑑定士がこれに関連する業務として、不動産の価格または賃料に関する調査等を行うことができると定めています。
この両者を包括する概念が「価格等調査」です。国土交通省は、不動産鑑定士が不動産の経済価値を判定してその結果を価格または賃料として表示する業務全般を価格等調査と位置づけ、そのうえで「鑑定評価基準に則った鑑定評価」と「鑑定評価基準に則らない価格等調査」に区分しています。
世間で「簡易鑑定」「みなし鑑定」「意見書」などと呼ばれているものは、この後者にあたります。
1-2. 価格等調査ガイドラインが定めるもの
この区分を制度として明確にしたのが、平成21年8月28日付けで国土交通省が通知した「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」、通称「価格等調査ガイドライン」です。平成22年2月1日から適用され、平成26年5月1日付けで一部改正されています。
このガイドラインの最も重要な点は、次の一文に集約されます。
価格等調査ガイドラインは、鑑定評価基準に則った鑑定評価であるか否かにかかわらず、価格等調査を行う場合には必ず遵守しなければならない。
つまり、「基準に則らない調査」であっても、無秩序に行ってよいわけではないということです。むしろ基準を適用しない部分があるからこそ、何を省略したのか、なぜ省略できるのか、それが結果にどう影響するのかを、成果報告書に明記することが義務づけられています。
なお実務上の詳細な取扱いについては、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会が「『価格等調査ガイドライン』の取扱いに関する実務指針」(平成26年9月制定、令和3年11月24日一部改正)を定めており、鑑定士はこれに従って業務を行います。
1-3. 「鑑定」「評価」と名乗れない成果物
ここが、依頼される方に最も知っていただきたい実務上の規律です。
鑑定評価基準に則らない価格等調査の成果報告書には、タイトルに「鑑定」「評価」という語を用いることができません。したがって成果物の名称は「不動産鑑定評価書」ではなく、「価格等調査報告書」等となります。
さらに、報告書に記載する価格の表題も「鑑定評価額」ではなく「調査価格」となります。加えて、「正常価格」「限定価格」「特定価格」といった不動産鑑定評価基準上の価格の種類を表示することもできません。代わりに「取引事例比較法を適用した価格等調査」というように、どの方法を用いたかを記載する形をとります。
この規律は、成果物を受け取った第三者が、それを鑑定評価書と取り違えることを防ぐために設けられています。逆に言えば、「簡易鑑定書」という名称の書面が出てきたとしたら、その時点で規律に反しているということです。依頼先を選ぶ際の、ひとつの判断材料になります。
第2章:簡易鑑定と本鑑定の違い ― 4つの相違点
2-1. 適用する基準の範囲
最大の違いは、不動産鑑定評価基準をどこまで適用するかです。
鑑定評価基準に則った鑑定評価では、原則として3つの手法(原価法、取引事例比較法、収益還元法)を適用し、それぞれの試算価格を調整して結論を導きます。手法の適用を省略する場合には、その理由を明示しなければなりません。
これに対し価格等調査では、依頼目的に照らして合理的な理由があれば、一部の手法の適用を省略できます。たとえば「取引事例比較法のみを適用する」といった形です。ただし、省略したことにより結果にどのような影響が生じ得るかを報告書に記載する必要があります。
2-2. 調査の深度 ― 実地調査と机上調査
もうひとつの大きな違いが、現地調査を行うかどうかです。
鑑定評価では、対象不動産の確認として実地調査が原則です。これに対し価格等調査では、「調査範囲等条件」として個別的要因の調査範囲を机上調査に限定することが認められています。
ただしこれには条件があります。第一に、机上調査とすることに合理的な理由があること。第二に、成果報告書に現地に赴いていない旨を明記すること。この2点を欠いた机上調査は認められません。
費用を抑えた調査が成立する主な理由は、この現地調査と関係機関調査の省略にあります。裏を返せば、現地でしか把握できない事情——越境(隣地との境界を越えて塀や庇などがはみ出している状態)、近隣の嫌悪施設(騒音・臭気等により周辺の価格に影響を与え得る施設)、実際の道路状況、建物の劣化——は、調査価格に反映されていない可能性があるということです。
2-3. 価格の表現と利用者の範囲
前章で触れたとおり、価格等調査では「正常価格」といった価格の種類を表示できません。これは形式的な制約ではなく、実質的な意味を持ちます。「正常価格」とは、市場性を有する不動産について合理的な市場で形成されるであろう市場価値を表示する価格であり(不動産鑑定評価基準 総論第5章第3節I)、基準に則った手続きを経て初めて表示できる概念だからです。
もうひとつ重要なのが、利用者の範囲です。価格等調査では、成果報告書の依頼目的と利用者の範囲を契約時に確定し、報告書に明記します。そして、後からその範囲を拡大する場合には、鑑定士の承諾が必要になります。
「自社の社内検討用に依頼した調査報告書を、そのまま取引先に提示する」といった使い方は、この点で問題を生じます。依頼の段階で、誰に見せる可能性があるかを申告しておくことが重要です。
2-4. 費用と納期
一般的な目安として、鑑定評価基準に則った鑑定評価は20万円程度から、案件の規模と複雑さに応じて上がっていきます。これに対し価格等調査は15万円からと、おおむね半額の水準になります(当事務所・税別)。
納期についても、現地調査と関係機関調査を省略できる分、短縮が可能です。鑑定評価が3週間程度を要する案件でも、価格等調査であれば1週間程度で対応できる場合があります。
ただし、この費用差と納期差は「手を抜いている」ことの対価ではありません。調査範囲を限定し、その限定を明示することの対価です。この違いを理解しておくことが、適切な選択につながります。
第3章:どちらを選ぶべきか
3-1. 鑑定評価でなければならない場面
次の場面では、価格等調査では目的を達成できません。基準に則った鑑定評価が必要です。
| 場面 | 理由 |
|---|---|
| 訴訟・調停・審判への証拠提出 | 裁判所が評価の適正性を判断する前提として、基準準拠が求められる |
| 相続税・贈与税の申告における時価の主張 | 財産評価基本通達(相続財産の評価方法を定めた国税庁の通達)によらない時価を主張する場面で、税務当局への対抗力が問われる |
| 金融機関への担保提供・融資申込み | 金融機関の内規で鑑定評価書の提出を求められることが一般的 |
| 会計監査(減損損失の測定、賃貸等不動産の時価開示) | 監査人が監査証拠として利用するため |
| 不動産の証券化(金融商品取引法、不動産特定共同事業法) | 法令上、鑑定評価が義務づけられている |
| 公共用地の取得補償 | 公共用地の取得に伴う損失補償基準に基づく手続きのため |
| 会社法上の現物出資における検査 | 現物出資(金銭以外の財産を出資すること)では、裁判所が選任する検査役の調査に代えて専門家の証明を用いる仕組みがあり、その前提として |
共通しているのは、成果物が第三者の判断材料として使われるという点です。第三者が信頼できるかどうかは、統一された基準に則っているかどうかで担保されます。
3-2. 価格等調査で足りる場面
反対に、次のような場面では価格等調査が合理的な選択になります。
売買を決断する前の意思決定材料として。 買うか買わないか、いくらで指値を入れるかを判断するための目安であれば、社内・個人の検討にとどまる限り価格等調査で十分です。
遺産分割協議の初期段階で。 相続人間で「だいたいいくらの財産なのか」を共有し、話し合いの土台を作る段階です。協議がまとまらず調停・審判に進む場合には、あらためて鑑定評価が必要になります。
同族間・親族間の売買価格の当たりをつける段階で。 ただし実際に取引を実行し、税務上の説明を要する場面では鑑定評価に切り替えるべきです。
法人の社内稟議資料として。 取締役会に諮る前段階の検討資料であれば足ります。ただし、その後に監査対応や開示が生じる場合は鑑定評価が必要になります。
3-3. 迷ったときの判断基準
判断に迷う場合は、次のひとつの問いに答えてください。
「その書面を、自分以外の誰かに見せる可能性がありますか」
見せる相手が裁判所、税務署、金融機関、監査法人、取引の相手方——つまり自分と利害が一致しない第三者であるなら、鑑定評価を選ぶべきです。
見せる相手が自分と家族、あるいは社内の関係者にとどまるなら、価格等調査で足ります。
なお、税務や訴訟における具体的な取扱いの判断については、税理士・弁護士にご確認ください。私たち鑑定士がお答えできるのは、あくまで「どちらの成果物が制度上その用途に適合するか」という点です。
第4章:依頼するときに確認すべきこと
4-1. 契約前に取り決める「確認書」
価格等調査ガイドラインは、業務の目的と範囲等を契約締結までに依頼者と確定し、書面で確認することを求めています。実務では「業務の目的と範囲等の確定に係る確認書」という書面を交付します。
ここで確定するのは、主に次の事項です。
- 依頼目的と、成果報告書の利用者の範囲
- 鑑定評価基準に則るか否か
- 価格時点(いつ時点の価格か)
- 対象不動産の確定に係る条件(更地として評価するのか、現況どおりか等)
- 調査範囲等条件(実地調査を行うか、机上調査とするか)
依頼する側として重要なのは、この確認書の内容を必ず読み、疑問があればその場で質問することです。特に「調査範囲等条件」の欄は、成果物の限界を規定する部分です。ここで「個別的要因全般を机上調査の範囲による」とされていれば、現地は見ていないということです。
4-2. 成果報告書に必ず記載される7つの事項
価格等調査ガイドラインは、成果報告書に次の事項を記載することを求めています。受け取った報告書を確認する際のチェックリストとしてお使いください。
- 調査価格(鑑定評価であれば鑑定評価額)
- 依頼目的と成果報告書の利用者の範囲(範囲を後から拡大する場合に承諾が必要である旨を含む)
- 基本的事項(設定した条件とその合理的な理由、価格時点、適用した方法、鑑定評価基準との相違点)
- 調査の手順
- 価格等調査を行った年月日(現地に赴いていない場合はその旨)
- 対象不動産および依頼者との利害関係の有無
- 関与した不動産鑑定士の氏名
このうち第6項の利害関係の記載は、省略が認められていません。評価の独立性を担保する根幹だからです。
なお、現況と異なる条件(たとえば建物が存在するのに更地として評価する等)を設定した場合には、調査価格の記載箇所の近くに注意喚起の記述を置くことが求められます。これがない報告書は、読み手が条件付きの価格であることを見落とす危険があります。
4-3. 「安さ」だけで選んではいけない理由
費用を抑えたいというご要望は当然のものです。ただし、依頼の入口で目的を正確に伝えないまま安価な調査を選ぶことには、次のリスクがあります。
第一に、提出先で受理されず、作り直しになるリスクです。10万円の調査が無駄になり、あらためて20万円の鑑定評価を依頼することになれば、初めから鑑定評価を選ぶより高くつきます。
第二に、現地調査を省略したことで、価格に影響する重大な事実が見落とされるリスクです。机上調査は制度上適法ですが、その限界を承知して使うべきものです。
第三に、利用者の範囲を超えて使ってしまうリスクです。社内検討用として作成された報告書を相手方に提示すれば、報告書の前提が崩れます。
だからこそ、依頼の最初の段階で「何のために、誰に見せるために必要なのか」を鑑定士に率直にお伝えいただくことが、結果的に最も費用対効果の高い選択につながります。
まとめ
「簡易鑑定」という業務は制度上存在せず、正しくは「鑑定評価基準に則らない価格等調査」と呼ばれます。両者は費用の多寡だけで選ぶものではなく、成果物を何に使うかによって選ぶべきものです。
要点を振り返ります。
- 不動産鑑定士が価格を判定する業務は「価格等調査」と総称され、鑑定評価基準に則った鑑定評価と、則らない価格等調査に区分される。
- 価格等調査ガイドライン(平成21年8月28日国土交通省通知)は、基準に則るか否かにかかわらず遵守が義務づけられており、成果報告書には7つの事項の記載が求められる。
- 基準に則らない成果物はタイトルに「鑑定」「評価」を用いることができず、価格の表題も「調査価格」となり、「正常価格」等の種類表示もできない。
- 訴訟・税務申告・担保提供・会計監査・証券化・公共用地取得など、第三者が判断材料として用いる場面では、基準に則った鑑定評価でなければ目的を達成できない。
- 判断に迷ったときは「その書面を利害の一致しない第三者に見せる可能性があるか」を問い、答えが「ある」なら鑑定評価を選ぶべきである。
売買の判断材料として価格の目安を知りたい方、遺産分割の話し合いを始めるにあたって土台となる数字がほしい方には、価格等調査という選択肢があります。一方で、裁判所や税務署、金融機関に提出する必要がある方には、初めから鑑定評価をお選びいただくことが結果的に最短の道になります。
当事務所では、ご相談の段階で用途をお伺いし、どちらが適切かを率直にお伝えしています。「まず費用を知りたい」というご相談でも構いません。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。



