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相続土地国庫帰属制度は本当に使えるのか?申請5,000件超のデータと不動産鑑定士が教える判断基準

公開日:更新日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
相続土地国庫帰属制度の申請対象となる典型的な地方の空き地・放棄された土地

はじめに

「親が残した地方の土地を国に引き取ってもらえる制度ができたらしい」――2023年4月に施行された相続土地国庫帰属制度は、いわゆる「負動産」(維持・管理コストが便益を上回り、保有することで経済的損失が生じる不動産の俗称)に悩む方々にとって一筋の光として注目を集めました。しかし、施行から3年が経過した今、この制度は本当に「使える」のでしょうか。

法務省の公表データ(2026年1月末時点)によれば、申請件数5,032件に対し承認件数は約2,435件。承認率は約48%にとどまっています。つまり、申請した土地の半数以上が国に引き取ってもらえていないという現実があります。さらに、申請に至る前の段階で断念するケースを含めれば、制度を利用できない方はこの数字以上に多いと推測されます。

加えて見落とされがちなのが、申請前に必要となるコストの問題です。境界確定のための測量費30~80万円、建物がある場合の解体費用、土壌調査費用――これらの事前コストが、制度利用のハードルを大きく引き上げています。負担金は原則20万円ですが、実際にかかる総費用はその数倍に及ぶことが珍しくありません。

この記事では、3年間の審査データを基に制度の実態を分析したうえで、不動産鑑定士の立場から「国庫帰属制度を使うべきケース」と「他の選択肢を検討すべきケース」を整理します。地方に不動産を抱える方や、相続案件を扱う士業の方にとって、判断材料となる情報をお届けします。

第1章:制度の概要と3年間の実績データ

1-1. 制度の目的と申請要件

相続土地国庫帰属制度は、「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」(令和3年法律第25号)に基づき、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限る)で取得した不要な土地の所有権を国に移転できる制度です。所有者不明土地の発生予防を主な目的として創設されました。

この制度の背景には、全国で約24%に及ぶ所有者不明土地問題があります(国土交通省調査、令和2年度)。相続登記が義務化された2024年4月以降、自らの土地を管理する意思も能力もない所有者が「登記はするが管理はしない」状態に陥ることを防ぐ受け皿として、本制度は位置づけられています。

申請できるのは、相続または相続人への遺贈により土地を取得した方です。ただし、以下のいずれかに該当する土地は申請段階で却下されます(法第2条第3項各号)。

  • 建物が存在する土地
  • 担保権または使用収益を目的とする権利が設定されている土地
  • 通路その他の他人による使用が予定されている土地を含む土地
  • 土壌汚染対策法上の特定有害物質により汚染されている土地
  • 境界が明らかでない土地、その他の所有権の存否・帰属・範囲について争いがある土地

さらに、上記に該当しなくても、以下の場合は不承認となります(法第5条第1項各号)。

  • 崖があり通常の管理に過分の費用・労力を要する土地
  • 地上に管理を阻害する有体物(工作物、車両、樹木等)がある土地
  • 地下に除去しなければ管理に支障がある有体物がある土地
  • 隣接する土地の所有者等との争訟によらなければ管理できない土地
  • その他、通常の管理・処分に過分の費用・労力を要する土地

1-2. 申請5,032件・承認約2,435件(承認率約48%)の分析

法務省の公表データ(2026年1月末時点)を基に、制度の利用実態を整理します。

項目件数割合
申請件数(累計)5,032件100%
承認件数約2,435件約48%
却下件数78件約2%
取下げ・審査中等約2,519件約50%

承認率約48%という数字をどう見るべきでしょうか。一見すると「半数近くは通っている」とも読めますが、注目すべきは取下げ件数の多さです。取下げの多くは、法務局との事前相談の過程で承認見込みが低いと判断されたケース、あるいは測量費用や建物解体費用の負担を理由に申請を断念したケースと考えられます。

また、申請件数の推移にも特徴があります。制度施行直後の2023年度に申請が集中し、その後はやや減速傾向にあります。制度の認知が広がる一方で、「要件の厳しさ」や「事前コストの高さ」が知られるようになり、安易な申請が減ったものと推測されます。

承認された土地の国有財産としての管理コストは、最終的に国民負担となります。そのため、制度設計として一定の厳格さが求められるのは当然ですが、本来この制度が救済すべき「管理困難な土地を抱える個人」が利用しにくい構造になっているのは、制度の課題といえます。

1-3. 地目別の申請割合

法務省のデータによると、申請された土地の地目別割合は以下のとおりです。

地目申請割合
田・畑(農地)約39%
宅地約35%
山林約15%
その他(雑種地等)約11%

農地の申請割合が最も高い点は、地方の農地問題の深刻さを反映しています。高齢化による離農が進む中、農地法の制約により売却も転用も難しい農地が「持っているだけで負担」になっている実態が読み取れます。

宅地の申請割合が35%を占めることも注目に値します。宅地は農地や山林と比較して流動性が高いはずですが、実際には接道義務を満たさない土地、過疎地域の利用見込みのない宅地、狭小地や不整形地など、市場での売却が極めて困難な土地が相当数存在することを示しています。

山林については、そもそも境界確定が難しい(隣接地の所有者が不明であったり、測量自体が地形的に困難であったりする)ケースが多く、申請要件を満たすこと自体のハードルが高いため、実際の「困っている人」の数に比べて申請割合が低い可能性があります。

第2章:「通らない」理由と制度の限界

2-1. 却下・不承認の主な理由

申請が却下または不承認となる主な理由は、大きく3つに分類できます。

第一に、境界の問題です。 隣接地との境界が明確でない土地は申請自体ができません(法第2条第3項第5号)。特に地方の山林や農地では、過去に正式な境界確定測量が行われていないケースが大半です。隣接地所有者が不明・所在不明の場合、境界確定そのものが不可能になることもあります。

第二に、建物や工作物の存在です。 建物が残っている土地は却下事由に該当し(法第2条第3項第1号)、建物解体後に再申請する必要があります。また、建物を解体しても、基礎やコンクリート片などが残置されていれば、不承認事由に該当する可能性があります(法第5条第1項第2号)。

第三に、管理に過分の費用を要する土地です。 急傾斜地、大木が繁茂している土地、不法投棄物がある土地などは、国が引き取った後の管理コストが過大であるとして不承認となります。法務局の実地調査でこうした事実が確認されると、たとえ書面上の要件を満たしていても承認されません。

私たち鑑定士が相談を受けるケースでも、「要件を満たすために必要な事前整備のコストが、土地を所有し続けるコストを上回ってしまう」という本末転倒の状況が少なくありません。

2-2. 事前コストが負担金を大幅に上回る問題

国庫帰属制度の利用にかかる費用は、審査手数料と負担金だけではありません。実際に申請を完了するまでに必要となる費用の全体像を整理します。

費用項目概算金額備考
審査手数料14,000円/筆申請時に納付
負担金原則20万円市街化区域の宅地は面積に応じて加算(最低208,000円~)
境界確定測量30~80万円隣接地の筆数や地形により大幅に変動。100万円超もあり
建物解体費用100~300万円木造住宅の場合。構造・規模・アスベスト有無で変動
樹木伐採・整地10~50万円山林や放置された宅地の場合
残置物撤去5~30万円家財・廃棄物がある場合
土壌調査費用20~50万円汚染の懸念がある場合

たとえば、建物付きの地方の宅地を国庫帰属させようとすると、建物解体(150万円)+境界確定測量(50万円)+審査手数料(1.4万円)+負担金(20万円)=約221万円という費用が発生します。固定資産税が年間3万円の土地であれば、70年以上所有し続けても帰属にかかる費用に達しません。

もちろん、固定資産税以外にも管理コストや災害リスク、相続人への負担の連鎖といった「見えないコスト」はあります。しかし、短期的な費用対効果の観点からは、帰属制度の利用が合理的とは言えないケースが多いのが実情です。

2-3. 2028年の制度見直し議論

相続土地国庫帰属制度は、施行後5年を目途に見直しを行うことが法律に明記されています(附則第2条)。2028年頃に予定される見直しに向けて、すでにいくつかの論点が浮上しています。

財務省の検討課題として挙がっているのは、負担金の水準と管理コストのバランスです。 現行の負担金(原則20万円)は、国有財産として10年間管理するために必要な費用を基準に設定されています。しかし、実際の管理コストとの乖離や、そもそも10年という期間設定の妥当性について議論が始まっています。

申請要件の緩和も論点の一つです。 建物付き土地や境界不明確な土地をどこまで受け入れるかは、制度の実効性を左右する核心的な問題です。国土交通省が進めるリモートセンシング技術を活用した境界確認手法が実用化されれば、境界要件の緩和につながる可能性があります。

共有持分への対応も課題です。 現行制度では、共有地について帰属を申請するには共有者全員が共同で申請する必要があります。共有者の一部が不明・所在不明の場合、申請自体が不可能になります。所有者不明土地の発生予防という制度趣旨に照らせば、この要件の見直しは不可避でしょう。

制度見直しの行方は不透明ですが、2028年までの間に「帰属を申請すべきか、見直しを待つべきか」という判断を迫られるケースが増えることが予想されます。

第3章:不動産鑑定評価との連携

3-1. 「帰属すべきか売却すべきか」の判断に鑑定評価を活用

国庫帰属制度を利用するかどうかの判断は、単に「制度の要件を満たすか」だけでは決められません。その土地に本当に経済的価値がないのか、他の処分方法はないのかを客観的に検証する必要があります。

不動産鑑定評価は、この判断に有効な材料を提供します。具体的には、以下のような場面で鑑定評価が活用されます。

市場性の客観的な検証: 不動産会社に「売れない」と言われた土地でも、鑑定士の視点で見ると売却可能なケースがあります。たとえば、地方の宅地であっても、近隣に公共事業の計画がある場合や、太陽光発電用地としての需要がある場合、隣地所有者への売却可能性がある場合など、不動産流通市場の外に需要が存在することがあります。

保有コストと処分コストの比較: 鑑定評価額をAとし、帰属にかかる総費用をB、年間保有コストをCとすると、A > Bであれば売却の方が合理的です。A ≒ 0かつB > C × 想定保有年数であれば、帰属制度の利用よりも当面の保有継続が経済合理的な場合もあります。

税務上の評価との差異の確認: 相続税評価額(路線価方式や倍率方式)と市場価値にはしばしば乖離があります。鑑定評価によって市場価値を把握することで、帰属制度の利用が本当に最善の選択かを多角的に判断できます。

3-2. 帰属後の国有財産売却時に鑑定評価が必要

国庫に帰属した土地は、財務省が国有財産として管理します。この土地が将来的に売却・貸付される場合、その価格の算定には不動産鑑定評価が必要です(財政法第9条、国有財産評価基準)。

国有財産の処分にあたっては、不動産鑑定士による鑑定評価に基づく時価を下回る価格での売却は原則として認められません。つまり、帰属制度により国に渡った土地が再び市場に出る際には、鑑定評価が「適正な価格」の根拠として機能しています。

この点は、帰属制度の申請段階でも示唆的です。国が引き取った後に売却可能な土地であれば、申請者自身が売却した方が経済的に有利な可能性があるからです。私たち鑑定士は、こうした「国に渡す前に売れるかもしれない」という視点からの助言も行っています。

実際、帰属の審査中に法務局から「民間で売却できませんか」と示唆されるケースもあります。国としても、管理コストを負担するよりも、民間で流通する方が望ましいと考えているのです。

3-3. 負動産の経済的価値を客観的に明らかにする鑑定の役割

「負動産」という言葉のイメージから、「価値がない」と即断してしまう方が少なくありません。しかし、不動産鑑定評価の観点からは、「市場価値が低い」ことと「経済的価値がゼロ」であることは全く別の概念です。

不動産鑑定士は、不動産鑑定評価基準に基づき、以下の手法で土地の経済的価値を客観的に算定します。

  • 取引事例比較法: 類似する取引事例との比較から価格を求める手法。過疎地であっても、近隣での取引事例が存在すれば適用可能
  • 収益還元法: 土地から得られる収益を基に価格を求める手法。農地の賃料収入や太陽光発電の売電収入がある場合に有効
  • 原価法: 土地の再調達原価から価格を求める手法。造成地など、開発投資がなされた土地の評価に用いる

特に重要なのは、鑑定評価が「公的に証明力を持つ」文書であるという点です。不動産鑑定評価書は、裁判所への提出資料、税務申告の根拠資料、金融機関への提出資料として広く認められています。「この土地にはこれだけの価値がある(あるいはない)」ということを第三者に対して客観的に証明する手段として、鑑定評価は他に代えがたい役割を果たします。

相続土地国庫帰属制度を利用するか、売却するか、あるいは保有を継続するか。この判断の前提として、まず対象土地の経済的価値を客観的に把握すること。それが、最も合理的な意思決定の出発点です。

相続した土地の時価の確かめ方は、相続・遺産分割の不動産鑑定のページでまとめています。

まとめ

相続土地国庫帰属制度は「負動産」問題に対する有力な選択肢ですが、承認率約48%・事前コストの高さ・厳格な要件という現実を踏まえると、すべてのケースで有効とは言えません。活用するかどうかは、土地の経済的価値を客観的に把握したうえで判断することが重要です。

要点を振り返ります。

  1. 承認率約48%: 相続土地国庫帰属制度は施行から3年で申請5,032件に対し承認約2,435件。申請しても半数以上は国に引き取ってもらえない
  2. 事前コストの壁: 境界確定測量(30~80万円)、建物解体(100~300万円)など、事前に必要な費用が負担金(原則20万円)を大幅に上回るケースが多い
  3. 地目別の特徴: 農地(39%)と宅地(35%)で申請の約7割を占める。地方における農地・宅地の管理困難化が制度利用の主な動機
  4. 2028年の見直し: 施行後5年を目途に制度見直しが予定されており、申請要件の緩和や負担金水準の見直しが論点になる見込み
  5. 鑑定評価の活用: 帰属・売却・保有継続の判断には、対象土地の経済的価値を客観的に把握することが不可欠。不動産鑑定評価がその判断基準を提供する

相続土地国庫帰属制度は、所有者不明土地問題への対策として意義のある制度です。しかし、すべての「負動産」を解決する万能策ではありません。制度を利用するかどうかの判断には、対象土地の経済的価値、事前コスト、代替手段の有無を総合的に検討する必要があります。その判断の起点として、不動産鑑定評価をご活用いただければと考えています。

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