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マンション建替えが年10件しか進まない理由 ― 2026年法改正と鑑定評価の出番

公開日:更新日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
築古マンション(団地)の前に置かれた図面と眼鏡 - マンション建替え・敷地売却と不動産鑑定評価

はじめに

「このマンション、あと何年住めるのだろう」――築年数が40年を超えるマンションにお住まいの方なら、一度は頭をよぎる疑問ではないでしょうか。建物の外壁にひび割れが目立ち始め、給排水管の更新費用が管理組合の議題に上がるたびに、将来への不安は膨らんでいきます。

国土交通省「分譲マンションストック数の推移」(2024年末現在)によると、築40年以上の分譲マンションは全国に約148万戸存在し、分譲マンションストック総数約713万戸の約2割を占めています。この数字は10年後の2034年末には約293万戸、20年後の2044年末には約482万戸へと急増する見通しです。わずか10年で現在の約2倍、20年で約3.3倍に膨れ上がる計算であり、「築古マンション問題」は社会全体で向き合うべき課題となっています。

こうした状況を受け、2025年5月に区分所有法の改正法が国会で可決・成立し、2026年4月1日から施行されます。建替え決議の要件緩和や新たな再生手法の創設など、マンション再生を後押しする大幅な制度改正です。しかし、建替えや敷地売却を実際に進めるには、不動産の適正な価値の把握が不可欠です。

本記事では、不動産鑑定士の視点から、築古マンション問題の現状を整理し、法改正の要点と不動産評価の関わりについて解説します。管理組合や区分所有者の皆さまが今後の意思決定を行ううえでの一助になれば幸いです。

第1章:築古マンション問題の現状

加速度的に増える築40年超マンション

日本のマンション分譲が本格的に始まったのは1960年代後半から1970年代です。この時期に大量に供給されたマンションが、いま一斉に築50年を超え始めています。

国土交通省「築40年以上の分譲マンション数の推移」によると、築40年超のマンションは2014年時点で約50万戸でしたが、2023年末に約137万戸、2024年末に約148万戸と、この10年間で約3倍に急増しました。前年からの1年間だけで約11万戸が新たに「築40年超」の仲間入りを果たしています。

さらに深刻なのは、1990年代のマンション大量供給期に建てられた物件が2030年代以降に続々と築40年を超えることです。2034年末には約293万戸、2044年末には約482万戸という推計は、今後この問題が加速度的に拡大することを示しています。

「二つの老い」が招く管理の限界

築古マンションが抱える問題は、建物の老朽化だけではありません。「建物の老い」と「居住者の老い」が同時に進行する「二つの老い」こそが、問題の本質です。

国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果」によると、築40年超のマンションでは世帯主が70歳以上である住戸が5割を超えるとされています。居住者の高齢化は、管理組合の担い手不足に直結します。理事のなり手がいない、総会に出席できる人が減っている、修繕積立金の値上げに合意を得にくい――こうした問題が各地で顕在化しています。

加えて、相続によって区分所有者が遠方に住んでいる、あるいは相続手続きそのものが完了しておらず所有者が確定できないというケースも増えています。所在不明の区分所有者の存在は、修繕や建替えに必要な決議の成立を困難にする大きな障壁となっています。

建替え実績はわずか300件余り

これほどの築古マンションが存在するにもかかわらず、実際に建替えが実現したマンションは極めて少数です。国土交通省「マンション建替え等の実施状況」(2025年3月31日現在)によれば、マンション建替え実績は累計で約323件(約26,000戸)にとどまっています。年間で見ると10棟前後というペースです。

全国に約713万戸の分譲マンションが存在し、そのうち148万戸が築40年を超えているにもかかわらず、建替えが実現するのは年間わずか10棟前後。この数字のギャップこそが、築古マンション問題の深刻さを如実に物語っています。

建替えが進まない理由は複合的です。現行法で求められる「区分所有者及び議決権の各5分の4以上」という高い合意要件、数千万円規模にのぼる区分所有者の費用負担、2年以上にわたる仮住まい期間の発生、そして高齢の区分所有者にとっての心理的・経済的ハードルなど、多くの障壁が存在します。

第2章:建替え・解体の法制度と評価の論点

区分所有法改正の全体像 ― 2026年4月施行

2024年に法制審議会がまとめた答申を踏まえ、2025年5月に改正区分所有法が成立しました。施行は2026年4月1日です。改正の3本柱は「決議要件の緩和」「再生手法の多様化」「管理の円滑化」であり、高経年マンションの再生を強力に後押しする内容となっています。

決議要件の面では、建替え決議の原則である「5分の4以上」を維持しつつ、一定の客観的事由が認められる場合に限り「4分の3以上」へ引き下げる仕組みが導入されます。対象となる事由は、(1)耐震性の不足、(2)火災に対する安全性の不足、(3)外壁等の剥落による周辺への危害のおそれ、(4)給排水管の腐食等による著しい衛生上の有害のおそれ、(5)バリアフリー基準への不適合、の5項目です。大規模災害で被災した場合にはさらに「3分の2」まで緩和されます。

また、建替え決議や建物敷地売却決議を除く決議事項については、「出席者の多数決」で決議が成立する制度も導入されます。定足数として区分所有者の頭数・議決権の各過半数が必要ですが、従来の「全体の多数決」から大きく変わる点です。

新たな再生手法の創設 ― 建替え以外の選択肢

今回の改正で特に注目すべきは、建替え以外の再生手法が法的に整備された点です。従来、区分所有建物を解体して敷地を売却するには全員の同意が必要でしたが、改正法では以下の4つの再生手法が新たに多数決決議で実行可能になります。

  • 建物敷地売却:建物と敷地を一括して第三者に売却する方法
  • 建物取壊し敷地売却:建物を取り壊したうえで敷地を売却する方法
  • 建物取壊し:建物を取り壊して更地にする方法
  • 建物更新(一棟リノベーション):建替えではなく一棟全体を大規模にリノベーションする方法

これらの決議には原則として区分所有者及び議決権の各5分の4以上の賛成が必要ですが、一定の客観的事由がある場合は4分の3以上に緩和されます。

選択肢が広がったことで、マンションの立地や区分所有者の意向に応じた柔軟な再生が可能になります。たとえば、容積率に余裕がなく建替えによる事業採算が見込めない物件でも、敷地売却によって区分所有者に分配金を支払うという選択肢が現実的になります。

所在不明区分所有者問題の解消

建替え決議を阻む最大の障壁の一つが、所在不明の区分所有者の存在です。連絡が取れない、相続が未了で所有者が確定しないなどの理由で、合意形成が物理的に不可能になるケースが多発していました。

改正法では、裁判所の認定を受けることにより、所在不明の区分所有者を決議の分母から除外できる制度が設けられます。たとえば、50戸のマンションで5戸が所在不明の場合、従来は50戸中40戸(5分の4)の賛成が必要でしたが、改正後は45戸を分母として36戸(45戸の5分の4)の賛成で建替え決議が成立する可能性が生まれます。

この制度により、長年膠着状態にあったマンションの再生が動き出すことが期待されます。ただし、裁判所の認定手続きには一定の時間とコストがかかるため、管理組合としては所在不明者の発生を未然に防ぐための台帳整備や定期的な連絡確認が引き続き重要です。

不動産評価から見た建替え・売却の論点

建替えや敷地売却を進める際には、複数の局面で不動産の価値評価が必要になります。主な論点は以下のとおりです。

現建物の評価:築古マンションの現在の市場価値を把握する必要があります。建物の物理的な劣化だけでなく、設備の陳腐化(機能的減価)や周辺環境の変化(経済的減価)も考慮しなければなりません。区分所有権の評価にあたっては、専有面積だけでなく階層・位置・日照等の効用比(専有部分の位置や階層等の条件差を数値化した比率)も反映させることが実務上求められます。

建替え後の想定価値:建替え後のマンションがどの程度の市場価値を持つかの試算は、事業採算性を判断するうえで極めて重要です。容積率の余剰(余剰容積)を活用して保留床(新たに生まれる床)を分譲することで事業費を賄えるかどうかが、建替えの実現可能性を大きく左右します。

敷地の更地価格:敷地売却制度を利用する場合、更地としての評価額から建物解体費用を控除した額が分配金の原資となります。更地価格の算定にあたっては、不動産鑑定評価基準に基づく最有効使用(その土地の利用方法として最も合理的で生産性が高い使用方法)の判定が重要になります。売却先がマンション以外の用途(商業施設やオフィスビル等)に転用する場合、鑑定評価上の最有効使用と実際の開発計画が異なることもあり得ます。

費用負担の公平性:建替えに伴う区分所有者の自己負担額は、一般的に1戸あたり1,000万円〜2,000万円程度とされています。この費用負担を区分所有者間でどのように配分するかは、合意形成のうえで最も紛糾しやすい論点です。敷地売却の場合の分配金算定についても、敷地の持分割合に基づく方法と効用比に基づく方法があり、どちらを採用するかで各区分所有者の手取り額が変わります。

第3章:不動産鑑定評価が必要になる場面

合意形成の土台としての鑑定評価

建替えや敷地売却の決議を成立させるためには、区分所有者の多くが「この計画は合理的である」と納得できる客観的な根拠が不可欠です。不動産鑑定評価は、まさにこの「客観的な根拠」を提供する役割を担います。

要点を振り返ります。

  • 築40年超マンションは約148万戸に達し、20年後には約482万戸へ急増する見通しであり、「二つの老い」(建物と居住者の老い)により管理・合意形成が困難になっている
  • 建替え実績は累計約323件・年間約10棟にとどまり、5分の4以上の合意要件や費用負担の大きさが障壁となっている
  • 2026年4月施行の改正区分所有法により、建替え決議の要件緩和(4分の3以上)や敷地売却・建物取壊し等の新たな再生手法が法定化され、所在不明区分所有者の除外制度も導入される
  • 建替え・敷地売却の実行には、現建物の評価・建替え後の想定価値・更地価格・費用負担の公平性など複数の局面で不動産評価が不可欠となる
  • 不動産鑑定評価は、合意形成の客観的根拠、費用・分配金の公平性の担保、法的紛争への備え、デベロッパーとの交渉力強化に寄与する

具体的には、以下のような場面で鑑定評価が活用されます。

  • 建替え決議に向けた基礎検討段階:現建物・敷地の現在価値と建替え後の想定価値を比較し、建替えの経済合理性を数値で示す
  • 敷地売却の売却代金の見込額算定:分配金の目安を把握し、区分所有者への説明資料とする
  • 反対者への売渡請求における時価算定:建替え決議が成立した後、反対区分所有者に対する売渡請求の際に「時価」が争点となる場合の根拠資料とする
  • 分配金の算定根拠:敷地売却における各区分所有者への分配金額の公平性を裏付ける

特に重要なのは、反対区分所有者との間で時価が争点となるリスクへの備えです。改正法により決議要件が緩和されたとはいえ、反対者から決議無効確認訴訟や時価の不当性を理由とする民事訴訟が提起される可能性は残ります。不動産鑑定士による鑑定評価書は、こうした法的紛争に備えるうえで有力な証拠資料となります。

修繕か建替えかの判断指標

管理組合にとって最も悩ましいのは、「大規模修繕で延命すべきか、建替えに踏み切るべきか」という判断です。この判断を合理的に行うためにも、不動産鑑定評価は有効なツールです。

修繕の場合:大規模修繕の費用を投じた場合に、マンション全体の価値がどの程度維持・回復するかを試算します。修繕積立金の将来負担シミュレーションと合わせて、区分所有者一人あたりのコストパフォーマンスを検証できます。

建替えの場合:解体費用、設計・建設費用、仮住まい費用等の総事業費を見込んだうえで、建替え後の各住戸の市場価値を試算します。余剰容積の活用可能性や保留床の販売見込みも含めた事業採算シミュレーションが必要です。

敷地売却の場合:更地価格から解体費用を差し引いた純手取額を、区分所有者の持分割合または効用比で配分した場合の一人あたりの受取額を算定します。

これらのシミュレーションを並列で比較することにより、管理組合は感覚や印象ではなくデータに基づいた意思決定が可能になります。私たち鑑定士は、各シナリオの経済的帰結を数値化し、区分所有者の皆さまにとって最善の選択肢を検討するための材料を提供する専門家です。

管理組合が鑑定評価を活用するメリット

管理組合が不動産鑑定評価を活用する主なメリットを整理します。

第一に、意思決定の客観性が確保されることです。建替え・修繕・売却のいずれを選択するにしても、不動産鑑定士という第三者の専門家が算定した価格であれば、特定の利害関係者に偏らない判断材料として区分所有者全員が納得しやすくなります。

第二に、費用負担・分配金の公平性が担保されることです。建替え費用の負担割合や敷地売却時の分配金額は、区分所有者間で利害が対立しやすい論点です。鑑定評価に基づく算定は、各区分所有者の権利関係を適正に反映した公平な配分の根拠となります。

第三に、法的紛争への備えとなることです。建替え決議後の売渡請求訴訟や分配金額をめぐる紛争において、不動産鑑定評価書は裁判所に提出可能な証拠資料として大きな意味を持ちます。事前に鑑定評価を取得しておくことで、紛争リスクそのものの低減も期待できます。

第四に、デベロッパーや買受人との交渉力が高まることです。建替えにおけるデベロッパーとの事業条件交渉や、敷地売却における買受人との価格交渉において、管理組合側が独自に鑑定評価を取得していることは、対等な交渉を行ううえで重要な武器になります。

まとめ

築40年超マンションは2024年末時点で約148万戸に達し、今後20年で約482万戸にまで急増する見込みです。2026年4月に施行される改正区分所有法は、建替え決議の要件緩和や敷地売却・建物取壊しなどの新たな再生手法の法定化により、高経年マンション問題の解決を後押しする画期的な制度改正です。

しかし、法制度が整っても、実際に合意形成を進めるためには「この建物・この土地は今いくらの価値があるのか」「建替え後にどれだけの価値が生まれるのか」「費用や分配金は公平か」という問いに対する客観的な回答が不可欠です。不動産鑑定評価は、まさにその答えを提供するものです。

築古マンションにお住まいの区分所有者の方、管理組合の理事や修繕委員の方、建替えや敷地売却の検討を始めた管理組合の方は、まずは現在のマンション・敷地の価値を正確に把握するところから始めてみてはいかがでしょうか。私たち鑑定士は、皆さまの大切な資産に関する意思決定を、専門的な知見をもってサポートいたします。

当事務所では、築古マンションの建替え・敷地売却に関する不動産鑑定評価のご相談を承っております。初回の無料相談も実施しておりますので、管理組合様・区分所有者様はぜひ一度お気軽にお問い合わせください。

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