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ESG対応ビルは本当に高く売れるのか?国内外のデータが示すグリーンプレミアムの真実

公開日:更新日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
緑の壁面を持つモダンなオフィスビル - ESG対応グリーンビルディングのイメージ

はじめに

「環境性能の高いビルは高く売れる」――この命題は、もはや感覚的な議論ではなく、データによって検証可能な段階に入っています。ESG(環境・社会・ガバナンス)への対応は投資判断の前提条件となりつつあり、機関投資家やCRE(Corporate Real Estate=企業不動産)担当者にとって、ポートフォリオのESG性能が資産価値に与える定量的インパクトを把握することは喫緊の課題です。

では、環境認証を取得したビルには実際にどれほどの賃料・価格プレミアムが生じているのでしょうか。逆に、環境性能が低いビルにはどの程度のディスカウント(価値の下落)が発生しているのでしょうか。そして、私たち鑑定士はこれらのESG要因をどのように鑑定評価に反映すべきなのでしょうか。

本記事では、グリーンプレミアム(Green Premium=環境認証取得ビルの賃料・価格上乗せ分)とブラウンディスカウント(Brown Discount=環境性能が低いビルの価値下落分)に関する国内外の実証データを整理し、さらに不動産鑑定評価における具体的なESG要因の組み込み方法を解説します。なお、環境認証制度そのものの概要や規制環境については、当事務所の既存記事「環境認証なしのビルは座礁する?」をご参照ください。本記事は、その補完として「定量データ」と「鑑定評価実務への反映」にフォーカスします。

第1章:グリーンプレミアムの実証データ

国内のグリーンプレミアム ― 東京オフィス市場のエビデンス

国内でもっとも体系的なグリーンプレミアムの実証研究を行っているのが、ザイマックス不動産総合研究所です。同研究所が2023年に公表した「不動産ESGの経済性 ― グリーン・プレミアムに関する実証研究事例の紹介」では、環境認証取得ビルと非取得ビルの賃料差をヘドニック分析(不動産の個別属性を統計的にコントロールして価格差を分離する手法)によって検証しています。

東京オフィス市場を対象とした学術研究(MDPI “Sustainability” 誌掲載論文、2009年~2019年のデータ)では、環境認証取得オフィスは平均で約6.5%の賃料プレミアムが確認されました。さらに内因性(認証取得ビルはもともと立地やスペックが良い可能性)を統計的に除去した結果、中規模の既存ビルで約5.4%、大規模新築ビルで約2.6%のプレミアムが推計されています。大規模新築ビルのプレミアムが相対的に小さいのは、新築ビルは認証の有無にかかわらず高い環境性能を備えている傾向があるためです。

CBRE「オフィスビルの環境認証の動向」(2023年6月)では、国内13主要都市においてグリーン認証取得ビルの面積シェアが2023年第1四半期時点で44%に達し、賃料プレミアムは5.4%~6.4%の範囲にあると報告されています。注目すべきは、このプレミアムが単なるブランド効果ではなく、省エネ設備による水道光熱費の削減というテナントへの実質的メリットに基づいている点です。実費精算方式が一般的な日本のオフィス市場では、光熱費の削減はテナントの負担減に直結するため、その分だけ高い賃料を受容できるという合理的な構造があります。

海外のグリーンプレミアム ― 欧米市場の動向

海外では国内よりも早くからグリーンプレミアムの実証研究が蓄積されています。

英国では、Chegut et al.のロンドンオフィス市場を対象とした研究(2000年~2009年のデータ)で、BREEAM認証取得ビルが賃料で約20%、売買価格で約15%のプレミアムを記録しています。米国ではMiller et al.の研究でLEED認証ビルの売買価格プレミアムが約10%と報告されており、Fuerst & McAllisterの研究では賃料プレミアムが約6%と推計されています。英国のプレミアムが際立って高い背景には、MEES規制(Minimum Energy Efficiency Standards=最低エネルギー効率基準)による規制強化が市場を二極化させている事情があります。

欧州全体で見ると、コアオフィスおよび物流セクターにおいて、ESG適合資産とそうでない資産の評価格差は拡大傾向にあり、この差は取引条件、リファイナンス条件、出口利回りにまで影響を及ぼしています。

グリーンプレミアムの要因分解

グリーンプレミアムを構成する要因は、大きく以下の4つに分解できます。

  1. エネルギーコストの削減効果 ― 省エネ性能の高いビルはランニングコストが低く、テナントの実質負担が軽減されます。日本のオフィス市場では光熱費の実費精算が一般的なため、この効果がプレミアムの主因となっています。
  2. テナント需要の集中 ― ESG対応を経営課題とする企業が増加し、環境認証ビルへの入居ニーズが高まっています。この需要集中が空室率の低下を通じて賃料を押し上げます。
  3. 規制対応リスクの回避 ― 将来的なカーボン規制の強化に先回りして対応済みのビルは、追加投資のリスクが低く、投資家から選好されます。
  4. レピュテーション効果 ― テナント企業のESG開示において、入居するビルの環境性能が報告対象となるケースが増えています。環境認証ビルへの入居は、テナント自身のESG評価向上にも寄与します。

第2章:ブラウンディスカウントの現実

ブラウンディスカウントとは何か

グリーンプレミアムの対概念として近年急速に注目を集めているのが、ブラウンディスカウント(Brown Discount)です。これは、環境性能が低い不動産の価値が市場で割り引かれる現象を指します。

グリーンプレミアムが「優等生へのご褒美」だとすれば、ブラウンディスカウントは「対応を怠ったことへのペナルティ」です。そして市場の実態を見ると、実はブラウンディスカウントのほうがグリーンプレミアムよりも強力な価格形成力を持ちつつあります。Deepkiの欧州年金基金調査(2024年)によれば、欧州の年金基金の約3分の2が今後3年間でブラウンディスカウントの影響は大幅に増大すると予測しており、規制の底上げが進むにつれて非対応資産へのペナルティが構造的に強まっています。

ブラウンディスカウントの定量的実態

ブラウンディスカウントの規模は、研究やセクターによって幅がありますが、無視できない水準に達しています。

Deepkiの欧州年金基金レポート(250名の欧州年金基金運用者を対象とした調査)によれば、欧州の年金基金の40%が過去12カ月間にブラウンディスカウントによる21%~30%の資産価値下落を経験したと回答しています。RICS(Royal Institution of Chartered Surveyors=英国王立チャータード・サーベイヤーズ協会)の調査では、グリーン認証を取得していないビルは賃料で10%以上のディスカウントを受ける可能性があるとされています。住宅セクターでもEPC(エネルギー性能証明書)のE~Gランクの住宅には一貫した価格ペナルティが確認されています。

さらに重要なのは、ブラウンディスカウントは今後深化する見通しだという点です。前述のDeepki調査では、欧州の年金基金の約3分の2(62%)が、今後3年間でブラウンディスカウントの影響は大幅に増大すると予測しています。環境性能の低いビルが市場で少数派になればなるほど、それらは一層目立つ存在となり、ディスカウント幅は拡大するという構造です。

座礁資産リスクと開示義務の連鎖

ブラウンディスカウントを加速させているのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やISSB(国際サステナビリティ基準審議会)による開示義務の拡大です。

日本でも2022年4月の東証市場再編に伴いプライム市場上場企業にTCFDまたは同等の枠組みに基づく開示が求められ(コーポレートガバナンス・コードの改訂)、さらに2023年3月期からは有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示が義務化されました。さらにISSBが策定したIFRS S1・S2基準は、気候関連リスクの財務的影響をより具体的に開示することを求めています。これにより、投資家は保有不動産のカーボンフットプリントや移行リスクを定量的に把握できるようになり、環境性能の低い資産は「座礁資産」(Stranded Assets=規制・市場変化により経済的価値を失うリスクのある資産)として可視化されます。

金融機関の融資判断にもESG基準が組み込まれつつあり、環境性能の低いビルはリファイナンス条件の悪化や融資そのものの拒否というリスクに直面します。銀行、ファンド、年金投資家がESGを取得審査・開発判断・資産管理戦略に組み込む動きは不可逆的であり、ブラウンディスカウントは構造的な現象として定着しつつあります。

第3章:不動産鑑定評価へのESG要因の組み込み

国土交通省の検討状況と鑑定評価基準の現在地

不動産鑑定評価基準(現行は平成26年改正版)には、ESGやサステナビリティに関する直接的な規定はありません。しかし、国土交通省は段階的に検討を進めています。

2021年3月に公表された「不動産鑑定評価におけるESG配慮に係る評価に関する検討業務」報告書では、J-REIT等の不動産ファンド関係者へのアンケートと、CASBEE(建築環境総合性能評価システム)取得がキャップレートに与える影響の定量分析が行われました。この報告書は、ESG配慮が不動産価値に影響を及ぼすメカニズムを整理し、鑑定評価への反映の方向性を示した重要な文書です。

海外に目を向けると、RICS(英国王立チャータード・サーベイヤーズ協会)はサステナビリティに関する評価基準を策定しており、TEGoVA(欧州評価者団体グループ)もESG要因の評価ガイダンスを公表しています。国際的にはESG要因を鑑定評価に反映させる基盤整備が着実に進んでおり、日本の鑑定評価実務もこの潮流に対応する必要があります。

DCF法におけるESG要因の反映方法

収益還元法のうちDCF法(Discounted Cash Flow法=割引キャッシュフロー法)は、ESG要因を最も精緻に反映できる手法です。具体的には以下の3つのルートでESG要因を組み込むことが可能です。

(1)賃料水準への反映

前述のグリーンプレミアムのデータに基づき、環境認証取得ビルには5%~6%程度の賃料プレミアムを査定賃料に反映させることが考えられます。ただし、プレミアムの大きさはビルの規模・築年数・市場環境によって異なるため、画一的な適用は避け、類似事例との比較により個別に判定する必要があります。逆に、環境性能が劣るビルについてはブラウンディスカウントとして賃料の下方修正を検討します。

(2)空室率・稼働率への反映

環境認証ビルはテナント需要が集中する傾向にあり、空室率の低下が期待できます。DCF法のキャッシュフロー予測において、環境認証取得ビルの空室率を非取得ビルより低く設定することで、ESG要因を反映できます。特に、ESG対応を経営方針に掲げるテナントはリテンション率(契約更新率)も高い傾向があり、テナント入替えに伴うダウンタイムやフリーレントの発生頻度を低く見積もることが合理的です。

(3)割引率・還元利回りへの反映

ESG要因はリスクプレミアムを通じて割引率に反映させることもできます。環境性能の高いビルは、規制変更リスク・陳腐化リスク・テナント流出リスクが低いと評価でき、割引率を引き下げる方向に作用します。逆に環境性能の低いビルは、将来の改修投資リスクや座礁資産化リスクを勘案して割引率を上方修正します。EYの分析でも、サステナビリティ特性に応じて割引率を調整する手法が示されており、環境性能の高い物件にはリスク低減分として割引率を引き下げ、低い物件にはリスク加算分として割引率を引き上げる考え方が国際的に広まりつつあります。

原価法におけるグリーン投資の評価

原価法においても、ESG要因の反映は不可欠です。ここでのポイントは「グリーン投資」の取扱いと「経済的減価」の判定です。

グリーン投資の再調達原価への反映

太陽光発電設備、高効率空調システム、断熱性能の向上、ZEB(Net Zero Energy Building=年間のエネルギー収支をゼロにすることを目指す建物)対応の設備投資などは、再調達原価の積算に当然含まれます。問題は、これらの投資が市場でどの程度価値として認められるか、すなわち「費用と価値の乖離」の有無です。

現在の市場環境では、グリーン投資は省エネによるランニングコスト削減やテナント需要の確保を通じて投資額以上の価値を生むケースが増えています。したがって、グリーン投資の積算にあたっては、単なる費用の積み上げではなく、市場における価値貢献度を加味した判断が求められます。

環境性能に基づく経済的減価

一方、環境対応が不十分なビルは、経済的減価(機能的減価の一形態)の対象となり得ます。省エネ基準を満たさないビル、エネルギー効率の低い設備を備えたビルは、現行の市場基準から見て機能的に陳腐化しており、その分を減価修正として反映する必要があります。この考え方は、従来のデザインや設備仕様の陳腐化と同じロジックですが、ESGの文脈ではその減価の規模が従来よりも大きくなる可能性があります。

まとめ

グリーンプレミアムは、国内オフィス市場で約5%~6%の賃料プレミアムとして実証的に確認されています。海外ではさらに大きな幅が報告されており、特に規制が先行する英国・欧州市場ではブラウンディスカウントが支配的な価格形成力を持ちつつあります。

要点を振り返ります。

  • 国内オフィス市場では環境認証取得ビルに約5%~6%の賃料プレミアムが実証されており、省エネによるテナントの光熱費削減が主因となっている
  • 海外では英国で賃料約20%・売買価格約15%のプレミアムが報告され、MEES規制による市場の二極化が背景にある
  • ブラウンディスカウント(環境性能が低いビルの価値下落)はグリーンプレミアム以上に強力な価格形成力を持ちつつあり、欧州の年金基金の約3分の2が今後さらなる拡大を予測している
  • TCFD・ISSBによる開示義務の拡大が非対応資産の座礁資産化を加速させ、融資条件の悪化にもつながっている
  • DCF法では賃料水準・空室率・割引率の3つのルートでESG要因を反映でき、原価法ではグリーン投資の価値貢献度と環境性能に基づく経済的減価の判定が求められる

私たち鑑定士にとって重要なのは、ESG要因の評価が「定性的な付記事項」から「定量的な価格形成要因」へと移行しつつある現実です。DCF法における賃料プレミアム・空室率・割引率への反映、原価法におけるグリーン投資の評価と経済的減価の判定は、今後の鑑定評価実務において避けて通れないテーマとなります。

機関投資家の皆様にとっては、ポートフォリオのESG性能が資産評価に直結する時代が到来しています。CRE担当者の皆様にとっては、自社保有不動産の環境性能が財務報告に影響を及ぼすことが現実となっています。こうした変化に対応するためには、ESG要因を適切に反映した不動産鑑定評価が不可欠です。

当事務所では、グリーンプレミアム・ブラウンディスカウントを踏まえたESG対応の鑑定評価に関するご相談を承っております。ポートフォリオの環境性能と資産価値の関係を正確に把握したい機関投資家様、CRE戦略にESGの視点を組み込みたい企業様は、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。

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