IFRSで保有不動産をどう評価するか?公正価値測定と不動産鑑定評価書活用の実務ポイント

はじめに
「IFRS(国際財務報告基準)を適用しているが、保有不動産の公正価値をどのように測定すればよいのか」「鑑定評価書を取得すれば、そのままIFRSの公正価値として使えるのか」――IFRS適用企業のCFOや経理部門の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。
日本では2010年3月期からIFRSの任意適用が認められ、2025年時点で約270社超がIFRSを任意適用しています(東京証券取引所調べ)。上場企業の時価総額ベースでは約40%超を占めるとも言われており、IFRSに基づく不動産の時価評価は、もはや一部の先進的な企業だけの課題ではなくなりつつあります。
IFRSにおける不動産の時価評価で特に重要なのが、IFRS第13号「公正価値測定」と不動産鑑定評価基準における「正常価格」の関係です。両者は市場価値に基づく概念という共通点を持ちながら、定義や前提条件に微妙な違いがあります。この違いを正しく理解せずに鑑定評価書を取得すると、監査法人から指摘を受けたり、開示上の問題が生じたりするリスクがあります。
この記事では、IFRSにおける不動産の時価評価の枠組み、公正価値と正常価格の概念的な異同、そしてIFRS適用企業が不動産鑑定士と連携する際の実務上のポイントを解説します。
第1章:IFRSにおける不動産の時価評価
1-1. IFRS第13号「公正価値測定」の概要
IFRS第13号は、公正価値の定義、測定方法、開示要求を包括的に規定する基準です。ここでいう公正価値とは「測定日において市場参加者間の秩序ある取引により、資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」と定義されています。
この定義で重要なのは、公正価値が「出口価格(Exit Price)」であるという点です。つまり、資産を取得するためにいくら支払うかではなく、その資産を売却するとしたらいくらで売れるかという観点から価格を測定します。
IFRS第13号はまた、公正価値測定に用いるインプット(入力データ)をレベル1からレベル3に分類する「公正価値ヒエラルキー」を設けています。この分類については第2章で詳しく解説しますが、不動産の公正価値測定は多くの場合レベル3に分類されるため、測定方法と用いた仮定の透明性が特に重視されます。
1-2. IAS第40号「投資不動産」の公正価値モデル vs 原価モデル
IAS第40号は、賃料収入やキャピタルゲインを目的として保有する「投資不動産」の会計処理を規定する基準です。投資不動産とは、自社使用目的や販売目的ではなく、賃料収入または資産の値上がり益の獲得を目的として保有する土地・建物を指します。オフィスビル、商業施設、賃貸マンションなどが典型例です。
IAS第40号では、投資不動産の事後測定について公正価値モデルと原価モデルの2つの選択肢を用意しています。
公正価値モデル:毎期末に投資不動産の公正価値を測定し、公正価値の変動額を純損益に計上する方法です。減価償却は行いません。投資不動産の市場価値の変動がリアルタイムで財務諸表に反映されるため、投資家に対する情報の透明性が高いモデルです。
原価モデル:取得原価から減価償却累計額と減損損失累計額を控除した帳簿価額で計上する方法です。日本基準と類似した処理であり、原価モデルを選択した場合でも、注記において公正価値の開示が求められます。
IAS第40号は、投資不動産の公正価値を測定する際、独立した鑑定評価人による評価を推奨しています(IAS第40号第32項)。公正価値モデルを採用した場合は毎期末に公正価値の測定が必要となるため、不動産鑑定士との継続的な連携が不可欠になります。
1-3. 日本基準との主要な違い
日本基準においても不動産の時価情報は開示されますが、IFRSとはいくつかの重要な違いがあります。
投資不動産の時価開示:日本基準では企業会計基準第20号「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」に基づき、賃貸等不動産の時価を注記で開示します。ただし、これは注記開示にとどまり、時価変動を損益計上する公正価値モデルの選択肢は日本基準にはありません。つまり、日本基準では賃貸等不動産は常に原価モデル(取得原価ベース)で貸借対照表に計上され、時価は注記で補足的に開示されるにとどまります。
時価の定義:日本基準における「時価」は、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」(いわゆる時価算定基準)で定義されています。この基準はIFRS第13号と整合的に策定されており、時価を「算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格」と定義しています。定義自体はIFRS第13号の公正価値とほぼ同一ですが、適用対象範囲や開示要求の詳細に違いがあります。
減損処理の違い:日本基準の「固定資産の減損に係る会計基準」は回収可能価額まで帳簿価額を引き下げるものですが、減損の兆候判定や測定方法の詳細においてIAS第36号「資産の減損」とは相違点があります。特にIFRS第13号に基づく公正価値が減損テストに用いられる場合、使用価値との比較検討など、日本基準よりも精緻な分析が求められることがあります。
| 比較項目 | IFRS | 日本基準 |
|---|---|---|
| 投資不動産の測定 | 公正価値モデル or 原価モデル(選択可) | 原価モデルのみ |
| 時価変動の損益計上 | 公正価値モデル選択時は毎期損益計上 | 不可(注記開示のみ) |
| 時価の定義 | IFRS第13号「出口価格」 | 時価算定基準(IFRS第13号と概ね整合) |
| 時価の開示 | 原価モデル選択時も注記開示が必要 | 企業会計基準第20号に基づき注記開示 |
| 独立した評価人 | IAS第40号第32項で推奨 | 明示的な推奨規定なし |
第2章:「公正価値」と「正常価格」の関係
2-1. 鑑定評価基準の「正常価格」の定義
不動産鑑定評価基準における「正常価格」は、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢のもとで合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格と定義されています。
この定義が前提とする「合理的な市場」とは、以下の条件を満たすものです。
- 市場参加者が自発的に取引を行うこと(強制や切迫した事情がないこと)
- 取引当事者が通常の判断能力を持ち、合理的に行動すること
- 対象不動産の情報が市場に十分に開示されていること
- 取引成立までに通常必要とされる期間が確保されていること
正常価格は、不動産鑑定士が国土交通省の定める不動産鑑定評価基準に基づいて算定するものであり、日本の不動産評価実務において最も基本的な価格類型です。鑑定評価では、原価法、取引事例比較法、収益還元法の3手法を適用し、各手法で求めた試算価格を調整して鑑定評価額(正常価格)を決定します。
2-2. IFRS第13号の公正価値との概念的な異同
IFRS第13号の公正価値と鑑定評価基準の正常価格は、ともに「合理的な市場参加者間の取引を前提とした価格」という本質的な共通点を有しています。しかし、細部にはいくつかの相違点があります。
共通点として、以下の要素が挙げられます。
- 市場参加者の視点に基づく価格であること
- 強制売却や投売りではない、秩序ある取引を前提とすること
- 測定日(価格時点)における市場条件を反映すること
- 対象資産固有の特性を考慮すること
相違点として、以下の点に留意が必要です。
- 価格概念の方向性:IFRS第13号は「出口価格」を明確に規定しています。一方、鑑定評価基準の正常価格は「市場価値」という概念を用いており、売却側・購入側のいずれかに限定していません。実務上大きな差異が生じることは少ないですが、概念の出発点が異なります。
- 最有効使用の概念:IFRS第13号は、非金融資産の公正価値測定において「最有効使用(Highest and Best Use)」を前提とします。これは不動産鑑定評価基準の「最有効使用の原則」と類似しますが、IFRS第13号では市場参加者の視点から最有効使用を判断することを明示的に求めています。
- 取引費用の扱い:IFRS第13号の公正価値は取引費用を含みません(IFRS第13号第25項)。不動産鑑定評価基準においても正常価格は取引費用を含まない前提で算定されるため、この点では整合的です。
これらの異同を踏まえると、鑑定評価基準に基づいて適切に求められた正常価格は、多くの場合IFRS第13号の公正価値と実質的に整合するといえます。ただし、鑑定評価書をIFRSの公正価値測定の裏付けとして利用する場合は、監査法人と事前に評価の前提条件を確認しておくことが望ましいでしょう。
2-3. IFRS第13号のレベル分類と鑑定評価の位置づけ
IFRS第13号は、公正価値測定に用いるインプットの信頼性に応じて、3段階のヒエラルキーを設定しています。
レベル1:同一資産の活発な市場における無調整の相場価格です。上場株式の市場価格などがこれに該当します。不動産の場合、個別性が強く活発な市場での相場価格が存在しないため、レベル1に分類されることは通常ありません。
レベル2:レベル1以外の直接的または間接的に観察可能なインプットです。類似不動産の取引価格や賃料水準など、市場で観察可能なデータに基づく場合が該当します。ただし、不動産の公正価値測定では観察不能なインプットが重要な役割を果たすことが多いため、レベル2に分類されるケースも限定的です。
レベル3:観察不能なインプットを用いた測定です。不動産の公正価値測定は、多くの場合このレベル3に分類されます。DCF法(割引キャッシュ・フロー法)における割引率の設定、将来賃料の成長率予測、空室率の想定など、市場で直接観察できないインプットを多く用いるためです。
不動産鑑定評価は、レベル3の公正価値測定を裏付ける独立した専門家の評価として極めて重要な役割を果たします。レベル3に分類される場合、IFRS第13号は追加的な開示(用いたインプットの種類・範囲、感応度分析など)を求めるため、鑑定評価書に記載された前提条件やパラメータがそのまま開示の基礎資料となります。
第3章:IFRS適用企業における鑑定評価の実務
3-1. IAS第40号が推奨する独立した専門家による評価
IAS第40号第32項は、投資不動産の公正価値測定において、関連する職業上の資格を有し、かつ評価対象の不動産の種類と所在地について最近の経験を有する独立の評価人による評価を推奨しています。ここでいう「独立の評価人」は、日本においては不動産の鑑定評価に関する法律に基づく不動産鑑定士がこれに該当します。
独立した評価人による評価が推奨される理由は主に3つあります。
- 客観性の確保:社内評価ではなく、利害関係のない第三者による評価であることが、公正価値の信頼性を高めます。
- 専門性の担保:不動産市場の分析、適切な評価手法の選択、パラメータの設定には高度な専門知識が必要です。
- 監査上の裏付け:監査法人は公正価値測定の合理性を検証する際、独立した専門家の評価を重要な監査証拠として利用します。
なお、IAS第40号は独立した評価人の利用を「推奨(encouraged)」しており「強制(required)」ではありませんが、監査実務上は鑑定評価書の取得が事実上不可欠と考えてよいでしょう。特に重要性の高い投資不動産については、監査法人から鑑定評価書の提出を求められるのが一般的です。
3-2. 毎期の公正価値測定と鑑定評価の更新頻度
公正価値モデルを採用した場合、毎期末に投資不動産の公正価値を測定する必要があります。では、毎期必ず鑑定評価を取得しなければならないのでしょうか。
結論から申し上げると、IAS第40号は毎期の鑑定評価取得を義務付けてはいません。ただし、毎期末時点の公正価値を合理的に見積もる必要がある以上、一定の頻度で鑑定評価を更新し、それ以外の期には適切な方法で公正価値を見積もるというアプローチが実務上の標準です。
一般的な実務運用として、以下のようなパターンが見られます。
- 毎期鑑定評価を取得:すべての投資不動産について毎期末に鑑定評価を取得する方法です。最も保守的なアプローチであり、監査上のリスクは最も低くなります。J-REIT(不動産投資信託)では決算期ごとの鑑定評価取得が義務付けられており、この方式を採用しています。
- ローテーション方式:保有する投資不動産を複数のグループに分け、毎期いずれかのグループについて鑑定評価を取得し、残りのグループは市場データに基づく社内評価で公正価値を見積もる方法です。コスト面での効率性と評価の信頼性のバランスを図れます。
- 重要な変動がある場合のみ取得:前期の鑑定評価額からの変動が軽微と見込まれる場合は社内評価にとどめ、市場環境の大幅な変動やテナントの入退去など重要な変動要因が生じた場合に鑑定評価を取得する方法です。
いずれのアプローチを採用するかは、投資不動産の重要性、市場の変動状況、監査法人との協議結果を踏まえて判断します。特に公正価値の変動額が純損益に計上される公正価値モデルでは、投資家に対する説明責任の観点からも、合理的な更新頻度を設定することが重要です。
3-3. 鑑定士との連携のポイント
IFRS適用企業が不動産鑑定士に評価を依頼する際、日本基準のみを適用している企業とは異なる配慮が必要になります。以下に実務上のポイントを整理します。
評価の前提条件の明確な共有
鑑定評価を依頼する際は、以下の事項を鑑定士と事前に共有することが重要です。
- IFRSに基づく公正価値測定に利用する目的であること
- 価格時点(決算日と一致させるか、直前の日付とするか)
- 最有効使用の判断に関する考え方
- 監査法人が求める開示水準への対応(感応度分析、主要パラメータの変動幅など)
監査法人との三者連携
IFRS適用企業の不動産時価評価では、企業・鑑定士・監査法人の三者間の連携が不可欠です。監査法人は経営者が利用した専門家(不動産鑑定士)の業務を評価する義務を負っており(ISA第620号「経営者が利用した専門家の業務」)、鑑定評価の前提条件や手法の合理性について照会を行うことがあります。
鑑定士に対して、監査法人からの照会に対応できるよう依頼時に了解を得ておくこと、また、鑑定評価書に記載するパラメータの根拠を詳細に整理しておくことが、円滑な監査対応につながります。
開示に必要な情報の確保
IFRS第13号は、レベル3の公正価値測定について以下の開示を要求しています。
- 用いた評価技法(DCF法、取引事例比較法など)
- 重要な観察不能なインプット(割引率、ターミナルキャップレート、賃料成長率など)
- 観察不能なインプットの変動に対する公正価値の感応度(感応度分析)
- 期首残高から期末残高への調整表
鑑定評価書にこれらの情報が網羅的に記載されていれば、開示資料の作成が効率化されます。依頼時にIFRSの開示要求事項を鑑定士と共有し、鑑定評価書の記載内容を充実させておくことをお勧めします。
まとめ
この記事のポイントを整理します。
要点を振り返ります。
- IFRS第13号は公正価値を「出口価格」と定義しており、不動産の公正価値測定はレベル3に分類されるのが一般的であるため、測定方法とインプットの透明性が特に重視される
- IAS第40号は投資不動産について公正価値モデルと原価モデルの選択を認めているが、いずれのモデルを採用しても公正価値の開示は必要であり、独立した評価人(不動産鑑定士)による評価が推奨されている
- 鑑定評価基準の正常価格とIFRS第13号の公正価値は概念的に近いが、出口価格の明示や最有効使用の判断基準など細部に違いがあるため、鑑定評価書をIFRSの裏付けとして利用する際は前提条件の確認が必要である
- 鑑定評価の更新頻度は、投資不動産の重要性や市場環境を踏まえて判断し、毎期取得、ローテーション方式、重要変動時取得などのアプローチから適切な方法を選択する
- 企業・鑑定士・監査法人の三者連携が成功の鍵であり、評価の前提条件の事前共有、監査法人からの照会対応、IFRS開示要求への対応を一体的に進めることが重要である
IFRS適用企業にとって、不動産の公正価値測定は会計処理の正確性と投資家への情報開示の両面で極めて重要な課題です。鑑定評価基準に精通した不動産鑑定士と早い段階から連携し、IFRSの要求事項を踏まえた適切な評価を確保していただければと思います。
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