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路線価で計算すると500万円取り損ねる?遺留分侵害額請求の不動産評価と基準時を不動産鑑定士が解説

公開日:更新日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
青空の下、左に瓦屋根の古い日本家屋、右に仮設フェンスで囲まれた砂利敷きの更地が広がる住宅街

はじめに

「兄がすべてを相続する遺言が出てきた。私には何も残らないのか」――遺言の内容を知った相続人から、こうしたご相談をいただくことがあります。

このとき使えるのが遺留分侵害額請求です。しかし請求を検討し始めると、すぐに壁にぶつかります。「いくら請求できるのか」が、不動産の評価額次第で大きく変わるからです。しかも、その評価をいつの時点で行うのかという問題が、事態をさらに複雑にします。

相続開始から3年が経過し、その間に地価が上昇していたら、どちらの価格で計算するのか。20年前に贈与された土地は、贈与された当時の値段なのか、いまの値段なのか。相続人同士でこの前提が食い違ったまま協議を始めれば、話がまとまらないのは当然です。

さらに紛らわしいのは、同じ相続をめぐる手続でありながら、遺留分と遺産分割とでは評価の基準時が異なるという点です。この記事では、令和元年に大きく変わった遺留分制度の枠組みを整理したうえで、評価の基準時をめぐる実務の急所を解説します。なお、個別の法的判断については弁護士に、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

第1章:遺留分制度は2019年に大きく変わった

1-1. 金銭債権化――不動産の共有は生じない

平成30年の相続法改正により、令和元年7月1日から遺留分制度は大きく姿を変えました。

改正前の「遺留分減殺請求」は、請求すると当然に物権的な効力が生じ、遺贈や贈与された不動産が共有状態になるという仕組みでした。遺留分をめぐる争いが、そのまま共有不動産の紛争へと発展していく構造だったわけです。

改正後の民法第1046条第1項は、遺留分権利者が受遺者または受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できると定めました。請求権は金銭債権となり、不動産が共有になることはありません。事業用資産や自宅を分散させずに承継させたい、という要請に応える改正です。

その代わり、争点は「金額はいくらか」の一点に集約されました。不動産の評価額が、そのまま請求額の多寡に直結するようになったのです。

1-2. 遺留分の割合

遺留分の割合は、民法第1042条に定められています。

相続人の構成総体的遺留分
直系尊属のみが相続人被相続人の財産の3分の1
それ以外(配偶者や子がいる場合)被相続人の財産の2分の1

なお、兄弟姉妹に遺留分はありません。

個別の相続人の遺留分は、この総体的遺留分に法定相続分を乗じて求めます。たとえば相続人が子2人であれば、各人の遺留分は 2分の1 × 2分の1 = 4分の1 となります。

1-3. 期間制限――1年と10年

見落とされがちですが、遺留分侵害額請求権には民法第1048条による期間制限があります。

  • 遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないとき
  • 相続開始の時から10年を経過したとき

いずれかに該当すれば権利は消滅します。1年という期間は決して長くありません。評価額の交渉に時間をかけているうちに期間が経過することのないよう、まずは内容証明郵便等で請求の意思表示を行っておくのが実務の定石です。この点は弁護士にご相談ください。

第2章:評価の基準時はいつか

2-1. 基礎財産は「相続開始の時」の価額

遺留分侵害額を計算するには、まず「遺留分を算定するための財産の価額」(基礎財産)を求めます。民法第1043条第1項は、これを次のように定めています。

被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする

条文が「相続開始の時において有した財産の価額」と明記しているとおり、遺留分の計算における評価の基準時は相続開始時(被相続人の死亡時)です。請求する時点でも、協議がまとまった時点でも、判決の時点でもありません。

したがって、相続開始から数年が経過して地価が上昇していたとしても、遺留分の計算に使うのは相続開始時点の価格です。逆に地価が下落していても同じです。

2-2. 生前贈与された不動産も相続開始時の価額に引き直す

より重要なのが、生前贈与された財産の扱いです。

基礎財産には、一定の贈与が加算されます。第三者に対する贈与は原則として相続開始前の1年間にされたものに限られますが(民法第1044条第1項)、相続人に対する贈与については、相続開始前の10年間にされた婚姻もしくは養子縁組のためまたは生計の資本としての贈与が算入されます(同条第3項)。

このとき加算するのは、贈与時の価額ではなく、相続開始時の価額に引き直した金額です。判例(最高裁昭和51年3月18日判決)は、受贈者の行為によって目的物が滅失し、またはその価格の増減があったときであっても、相続開始当時なお原状のままであるものとみなして評価すべきものとしています。

これは実務上、極めて大きな意味を持ちます。10年前に3,000万円で贈与された土地が、いま5,000万円になっていれば、加算されるのは5,000万円です。過去の贈与を現在価値に引き直す作業は、まさに不動産鑑定の領域です。当事務所の過去記事「30年前の贈与は今いくら?特別受益・寄与分の不動産評価を鑑定士が解説」でも、この遡及評価の実務を扱っています。

2-3. 遺産分割の「分割時」評価との違い

ここが最も混乱を招く論点です。

遺産分割において、遺産に属する不動産をいくらと評価するかは、実務上遺産分割時(現実に分割する時点)を基準とするのが一般的な取扱いです。相続開始から時間が経ち価格が変動していれば、現在の価格で分けるのが公平だという発想に基づきます。

手続不動産の評価基準時根拠・実務
遺留分侵害額の算定相続開始時民法第1043条第1項
遺産分割における分割対象財産の評価遺産分割時審判実務の一般的取扱い
特別受益の持戻し計算相続開始時贈与財産を相続開始時の価額に引き直す
相続税の申告相続開始時財産評価基本通達(路線価等)

同じ不動産について、手続が違えば異なる時点の価格が必要になります。相続をめぐる紛争では遺産分割と遺留分が並行して問題になることも多く、1つの不動産について2つの時点の評価が必要になる場面も珍しくありません。この点を意識せずに「不動産の評価をお願いします」と依頼すると、後から必要な価格時点の評価がないことが判明する、という事態が起こります。

遺産分割における評価額の重要性については、過去記事「遺産分割で不動産はどう分ける?評価額の差で代償金が数百万円変わる理由」もご覧ください。

第3章:評価額が割れる典型パターンと鑑定評価

3-1. 数値で見る評価額のインパクト

具体例で確認しましょう。相続人は長男と次男の2人、「全財産を長男に相続させる」旨の遺言があるケースです。

【前提】

  • 相続開始時の遺産:自宅土地建物、預貯金1,000万円、債務なし
  • 10年前に長男が生計の資本として贈与を受けた土地:贈与時3,000万円、相続開始時5,000万円
  • 次男の遺留分割合:4分の1

【自宅土地建物を8,000万円と評価した場合】

  • 基礎財産:8,000万円 + 1,000万円 + 5,000万円 = 1億4,000万円
  • 次男の遺留分侵害額:1億4,000万円 × 1/4 = 3,500万円

【自宅土地建物を1億円と評価した場合】

  • 基礎財産:1億円 + 1,000万円 + 5,000万円 = 1億6,000万円
  • 次男の遺留分侵害額:1億6,000万円 × 1/4 = 4,000万円

自宅の評価が2,000万円動くだけで、請求額は500万円変わります。さらに、贈与された土地を贈与時の3,000万円で計算してしまうと、基礎財産は1億2,000万円となり、遺留分侵害額は3,000万円。引き直しを行うかどうかだけで500万円の差が生じます。

3-2. 路線価ベースの主張が出てきたとき

実務でよく見られるのが、支払う側が相続税申告書の評価額(路線価ベース)をそのまま持ち出してくるパターンです。

しかし、遺留分算定の基礎となるのは時価であって、相続税評価額ではありません。路線価は地価公示価格水準のおおむね80%に設定されているため、路線価をそのまま使えば、請求する側が2割前後を取り損ねる計算になります。前掲の例で自宅の時価が1億円であれば、路線価ベースの8,000万円で計算した瞬間に500万円を失うわけです。

相続税評価額と時価の関係については、過去記事「相続税評価と鑑定評価、何が違う?税理士が知るべき評価減の実務と総則6項リスク」で詳しく整理しています。

3-3. 貸家建付地・借地権がある場合

対象不動産に賃借人がいる場合、評価はさらに専門的になります。

自宅ではなく賃貸アパートであれば、土地は貸家建付地として、建物は貸家として評価することになります。相続税評価では借地権割合・借家権割合による定型的な減額計算が用意されていますが、時価としての評価では、実際の賃料水準、稼働率、契約形態、建物の劣化状況を反映した収益価格を求めることになり、定型計算とは異なる結果になることがあります。

底地や借地権が絡む場合も同様です。借地権割合が60%の地域だからといって、底地の時価が更地価格の40%になるとは限りません。この点は過去記事「底地はなぜ安い?更地価格の10%〜50%まで変動する理由を不動産鑑定士が解説」で扱っています。

こうした不動産が遺留分の対象に含まれる場合、定型的な計算による主張と、収益性を反映した評価とで、数千万円単位の開きが生じることがあります。争点が金額に集約された現行制度のもとでは、評価の精度がそのまま結論を決めると言っても過言ではありません。

当事務所では、相続に関連する不動産評価にも精通しており、価格時点を過去に遡らせる評価にも対応しております。

遺留分を計算するときの不動産の評価については、遺留分と不動産の評価のページでも詳しくまとめています。

まとめ

遺留分侵害額請求は令和元年に金銭債権化され、争点は「不動産をいくらと評価するか」の一点に集約されました。その評価をどの時点で行うかが、実務の急所です。

要点を振り返ります。

  • 令和元年7月1日施行の改正民法第1046条により、遺留分侵害額請求は金銭債権となり、不動産が共有状態になることはなくなった一方、争点は金額に集約された
  • 民法第1043条第1項により、遺留分算定の基礎財産は「相続開始の時において有した財産の価額」で評価する
  • 相続人に対する相続開始前10年間の生前贈与は基礎財産に加算されるが、加算するのは贈与時の価額ではなく相続開始時の価額に引き直した金額である
  • 遺産分割では分割時、遺留分では相続開始時と評価基準時が異なるため、同一の不動産について複数の時点の評価が必要になる場面がある
  • 遺留分算定の基礎は時価であり、相続税評価額(路線価ベース)をそのまま用いると請求額を2割前後取り損ねるおそれがある

遺言によって遺留分を侵害されたと感じておられる相続人の方、また遺留分侵害額請求事件を受任され、不動産の評価額に争いを抱えておられる弁護士の先生方へ。相続開始時に遡った価格時点での評価にも対応しております。

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