帳簿価額1億円でも時価は10億円?不動産の含み損益を把握しないと経営が傾く理由

「自社ビルは30年前に5億円で購入した。帳簿上の価額は1億2,000万円。でも、本当の価値はいくらなのだろう」。
企業が保有する不動産の「帳簿価額(簿価)」と「時価」の間には、しばしば大きな乖離が存在します。簿価は取得原価から減価償却を差し引いた金額に過ぎず、不動産市場の変動を反映しません。都心の一等地に立つ自社ビルが、帳簿上は「1億円」でも、時価は「10億円」かもしれない。逆に、地方の遊休地が帳簿上「3億円」でも、時価は「5,000万円」かもしれないのです。
この乖離を放置することは、企業経営に複数のリスクをもたらします。投資家への情報開示の歪み、M&Aにおける価格交渉の失敗、税務上の思わぬ課税、そして経営判断の誤りです。
この記事では、不動産の時価と簿価の乖離が企業に及ぼす影響と、不動産鑑定評価による時価把握の重要性を解説します。
第1章:なぜ「時価」と「簿価」は乖離するのか
1-1. 簿価の仕組み ― 取得原価主義の限界
日本の企業会計では、固定資産は原則として取得原価で計上し、耐用年数にわたって減価償却する「取得原価主義」が採用されています。
たとえば、1995年に5億円で取得したオフィスビル(建物部分)を、耐用年数50年の定額法で減価償却した場合、2026年時点の簿価は以下の通りです。
- 年間減価償却費:5億円 ÷ 50年 = 1,000万円
- 31年分の減価償却累計額:1,000万円 × 31年 = 3億1,000万円
- 簿価:5億円 − 3億1,000万円 = 1億9,000万円
しかし、このビルが東京都心の一等地にあれば、時価は簿価をはるかに上回る可能性があります。一方、地方の工業団地にあれば、時価は簿価を下回っているかもしれません。
1-2. 乖離が生じる4つのパターン
| パターン | 状況 | リスク |
|---|---|---|
| 時価 > 簿価(含み益) | 都心部の土地、再開発エリア | 売却時の多額の法人税、M&Aでの過小評価 |
| 時価 < 簿価(含み損) | 地方の遊休地、陳腐化した建物 | 減損損失の計上、資産効率の低下 |
| 時価 ≒ 簿価(乖離なし) | 近年取得した物件 | 特段のリスクなし |
| 時価が不明 | 長期保有で評価未実施 | すべてのリスクが潜在化 |
最も危険なのは4番目の「時価が不明」です。リスクが存在するかどうかすら把握できていない状態は、経営上の盲点となります。
1-3. 「含み益」も「含み損」も経営判断を歪める
含み益がある不動産を保有し続けること自体は問題ではありません。しかし、その含み益の規模を把握していなければ、以下の判断を誤るリスクがあります。
- 自社ビルを売却してリースバックした方が資本効率が改善するのではないか?(CRE戦略)
- M&Aの買い手から提示された株式価格は、不動産の含み益を適正に反映しているか?(事業承継・M&A)
- 遊休資産を売却した場合の税引後キャッシュフローはいくらか?(資産の組み替え)
含み損がある場合はさらに深刻です。減損会計(保有資産の収益力が低下し、帳簿価額を引き下げる会計処理)の適用が必要な場合、損失計上のタイミングを誤ると、業績予想の修正や株価への影響が生じます。
第2章:時価と簿価の乖離が企業に及ぼす5つの影響
2-1. 影響1:減損会計への対応
企業会計審議会が定める「固定資産の減損に係る会計基準」では、固定資産の収益性が低下し、投資額の回収が見込めなくなった場合、帳簿価額を回収可能価額まで減額する減損処理が求められます。
回収可能価額は「使用価値(その資産を使い続けることで得られる将来キャッシュフローの現在価値)」と「正味売却価額(市場で売却した場合に受け取れる価額から処分費用を差し引いた金額)」のいずれか高い方です。正味売却価額の算定には、不動産鑑定評価が最も信頼性の高い方法です。
会計監査人は、減損の兆候がある固定資産について、合理的な根拠に基づく時価の把握を求めます。鑑定評価書は、監査対応における最も有力な証拠資料です。
2-2. 影響2:新リース会計基準(2027年4月適用開始)への備え
企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」が2027年4月1日以後開始事業年度から適用されます。新基準では、借り手側が原則としてすべてのリースを資産・負債としてオンバランスします。
これにより、「自社ビル保有」と「オフィス賃借」の経済的比較がより明確になります。自社ビルの時価を正確に把握していなければ、「売却してリースバック」と「保有継続」のどちらが有利かの判断ができません。
2-3. 影響3:M&A・事業承継での株式評価
M&Aにおける株式の評価では、対象企業が保有する不動産の時価が株式価値に直結します。帳簿上1億円の不動産が時価5億円であれば、4億円の含み益が株式価値の上乗せ要因となります。
特に中小企業のM&A(事業承継型M&A)では、純資産方式(時価純資産+営業権)で株式価値を算定するケースが多く、不動産の時価把握は株式価格交渉の基礎となります。
2-4. 影響4:金融機関との関係
金融機関は融資審査において、企業の「実態バランスシート」(簿価ではなく時価で評価し直した貸借対照表)を重視する傾向にあります。
不動産に含み益がある場合、実態純資産は帳簿上の純資産よりも厚くなり、信用力の向上につながります。逆に含み損がある場合、実質的な債務超過に陥っている可能性があります。
鑑定評価書は、金融機関に対して不動産の時価を客観的に示し、融資条件の改善や信用力の裏付けに活用できます。
2-5. 影響5:法人税の最適化
不動産を売却する場合、譲渡益(売却価格 − 簿価 − 諸費用)に法人税が課されます。含み益が大きい不動産を売却すれば、多額の法人税負担が発生します。
売却の可否やタイミングの判断には、鑑定評価による時価の把握が前提条件です。特にグループ会社間での不動産移転では、税務上の「時価」の根拠として鑑定評価書がほぼ必須です。
第3章:時価把握のための実務アプローチ
3-1. 不動産鑑定評価 ― 最も信頼性が高い方法
不動産鑑定評価は、不動産鑑定評価基準に基づき、不動産鑑定士が原価法・取引事例比較法・収益還元法の三手法を適用して客観的な時価を算出する方法です。
減損会計、M&A、税務申告、金融機関対応のいずれにおいても、最も信頼性の高い時価の根拠として認められています。
3-2. 定期的な「時価棚卸し」の推奨
保有不動産が多い企業では、全物件を一度に鑑定評価するのではなく、3〜5年のサイクルで定期的に「時価棚卸し」を行うことをお勧めします。
まず簡易評価(調査報告書)で全物件のスクリーニングを行い、時価と簿価の乖離が大きい物件に絞って正式な鑑定評価を取得する段階的アプローチが効率的です。
3-3. CRE戦略の一環としての時価把握
国土交通省が推進する「CRE戦略(企業不動産戦略)」では、不動産の時価把握をCRE戦略の起点と位置づけています。保有・売却・建替え・有効活用のいずれの判断も、現在の時価を知らなければ始まりません。
まとめ
不動産の時価と簿価の乖離は、放置すれば企業経営に複数のリスクをもたらします。
要点を振り返ります。
- 取得原価主義の会計制度では、簿価は市場の実態を反映しない
- 含み益は売却・M&A判断の基礎、含み損は減損リスクの源泉
- 減損テスト、M&A、新リース会計基準、金融機関対応、税務最適化のすべてに時価把握が必要
- 不動産鑑定評価は、時価の根拠として最も信頼性が高い方法
- 定期的な「時価棚卸し」をCRE戦略の一環として実施することを推奨
「うちの会社の不動産は、本当はいくらの価値があるのか」。この問いに答えられない経営者は、不確実性の中で経営判断を行っていることになります。不動産鑑定評価は、その不確実性を解消する確実な手段です。
不動産の含み損益の把握、減損テスト対応、CRE戦略に関するご相談は、ぜひ当事務所にお任せください。初回のお打ち合わせは無料です。



