2027年のオフィス大量供給は本当か?供給が2割絞られても築古ビルが苦しむ理由を不動産鑑定士が解説

はじめに
「2027年にまた大量供給が来る。オフィスは余る」――こうした話を耳にしたことはないでしょうか。
東京のオフィス市場では、数年おきに「◯年問題」が語られてきました。大型ビルの竣工が集中する年を捉えて、供給過剰による空室率上昇と賃料下落を予測する言説です。
しかし、公表されている調査データを丁寧に読むと、少なくとも今後数年について、「大量供給」という前提そのものが成り立たないことがわかります。
森トラストが2026年4月に公表した「東京23区の大規模オフィスビル供給量調査2026」によれば、東京23区の大規模オフィスビル(事務所延床面積1万㎡以上)の供給量は2025年に113万㎡(前年比176%)と大きく伸びた一方、今後5年間の平均供給量は87万㎡と、過去20年間の平均106万㎡の77%にとどまる見込みとされています。
供給は増えるどころか、絞られるのです。ではなぜ、市場では不安が語られ続けるのでしょうか。答えは総量ではなく、供給の中身が偏っているという点にあります。この記事では、供給構造の変化がビルの価値にどう跳ね返るのかを、私たち鑑定士の視点から解説します。
第1章:数字が示す供給の実像
1-1. 総量は絞られる
まず、公表データを整理します。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 2025年の供給量 | 113万㎡(前年比176%) |
| 今後5年間(2026〜2030年)の平均供給量 | 87万㎡ |
| 過去20年間の平均供給量 | 106万㎡(今後5年はその77%) |
| 年別の見込み | 2026年112万㎡/2027年54万㎡/2028年71万㎡/2029年111万㎡/2030年84万㎡ |
2025年が突出していたことは事実です。しかし、その後5年を均せば、過去20年の平均を2割以上下回ります。供給が抑制される背景には、建設費の高騰に伴う計画の見直しや工期の長期化があるとされています。「供給過剰で賃料が崩れる」という前提は、総量の面からは支持されないと言えます。
1-2. 供給は「大規模化」している
一方で、供給の中身は大きく変わりつつあります。
同調査によれば、供給量に占める「事務所延床面積20万㎡以上」の超大型ビルの割合は、2006〜2010年の8%から2026〜2030年には31%へと上昇します。逆に「10万㎡未満」のビルは63%から23%へと大きく減ります。
つまり、これから供給されるのは件数の少ない超大型ビルに偏っていきます。中小規模の新築ビルはほとんど供給されません。実際、年間の供給件数も2026年の15件から2027年9件、2028年7件へと減少する見込みです。
さらに立地も偏ります。今後5年間は、過去5年間と比較して都心3区(千代田区・中央区・港区)への供給集中が進み、特に千代田区・中央区の比率が高まる見込みとされています。
1-3. 需要は供給を追いかけている
需要側はどうでしょうか。
同調査は、新築ビルの内定率について、2025年竣工物件で9割後半、2026年竣工で約8割、2027年竣工で5割超と報告しています。竣工の2年前に半分以上が埋まっている――これは需要が旺盛であることを示す数字です。
供給は絞られ、需要は強い。マクロで見る限り、東京のオフィス市場は逼迫の方向にあります。それにもかかわらず不安が語られるのは、この平均の裏に大きな格差が隠れているからです。
第2章:なぜ二極化が進むのか
2-1. 大型ビルに移る側の論理
企業が高い賃料を払ってでも新築の大型ビルに移る理由は、単なる見栄ではありません。
人材の採用と定着――オフィスの質は、採用競争における企業の見え方に直結します。特に若年層の獲得においては、働く場所の魅力が判断材料の一つになっています。
ESG対応――環境認証を取得したビルへの入居は、企業のサステナビリティ報告における具体的な実績となります。環境性能が賃料や資産価値に与える影響については、当事務所の過去記事「ESG対応ビルは本当に高く売れるのか?国内外のデータが示すグリーンプレミアムの真実」で詳しく分析しています。
BCP(事業継続計画)――耐震性能、非常用電源、防災備蓄。大規模災害への備えは、経営上の要請となっています。
集約による効率化――複数拠点に分散していたオフィスを一つの大型ビルに集約することで、賃料単価は上がっても総コストは下がることがあります。
2-2. 取り残される築古中小ビル
その裏側で、築年数の経過した中小ビルは苦しい立場に置かれます。
新築大型ビルにテナントが移れば、その空室を埋めるのは玉突きで移ってくる別のテナントです。しかし、その連鎖の最後尾に位置する築古中小ビルには、移ってくる相手がいません。
- 耐震基準を満たしていない、あるいは補強が必要
- 天井高、電気容量、空調がテナントの要求水準に届かない
- エレベーターが1基しかない、共用部が狭い
- 環境認証を取得できる仕様ではない
- ワンフロアが小さく、大規模化するテナント需要に応えられない
こうしたビルは、募集賃料を下げても埋まらないという事態に直面します。
2-3. 数値で見る空室率と価格の関係
具体的に計算してみましょう。都心近郊の築40年、延床面積2,000㎡(賃貸可能面積約454坪)の中小ビルを想定します。
【ケース1】賃料12,000円/坪、空室率10%、還元利回り6.0%
- 満室想定賃料収入:454坪 × 12,000円 × 12か月 = 6,538万円
- 空室損失控除後の収入:6,538万円 × 0.9 = 5,884万円
- 純収益(経費率30%):4,119万円
- 収益価格:4,119万円 ÷ 0.06 = 約6億8,600万円
【ケース2】空室率が25%に悪化、還元利回りも6.5%に上昇
- 収入:6,538万円 × 0.75 = 4,903万円
- 純収益:3,432万円
- 収益価格:3,432万円 ÷ 0.065 = 約5億2,800万円
差額は約1億5,800万円。空室率の悪化は収入を減らすだけでなく、市場が要求する利回りを引き上げるため、価格には二重に効いてきます。
さらに注意すべきは、「賃料を下げて埋める」という対応です。賃料を10,000円/坪に下げて空室率を10%に戻したとしましょう。
454坪 × 10,000円 × 12か月 × 0.9 = 4,903万円
ケース2と同額です。空室を賃料減額で埋めても、収入面では改善しないという構造が見て取れます。
第3章:立場別に何をすべきか
3-1. ビルオーナー――3つの選択肢を数字で比較する
築古中小ビルを保有されているオーナーには、大きく3つの選択肢があります。
- 改修して保有を続ける――耐震補強、空調更新、共用部リニューアル。投資額に対して賃料がどれだけ回復するかを検証する必要があります
- 建て替える――解体費、建築費、稼働停止期間の逸失利益を織り込んだうえで、完成後の収益と比較します。判断枠組みは過去記事「大規模修繕か、建替えか?不動産鑑定士が解説する築40年超オフィスビルの経済判断」で解説しています
- 売却する、または用途転換する――オフィスとしての競争力が回復しないのであれば、住宅やホテルへの転換、あるいは売却が合理的な場合があります
いずれの判断も、現状のまま保有し続けた場合の価値を出発点としなければ比較になりません。まずは現時点の価値を把握することが第一歩です。
3-2. テナント――更新交渉の材料として
賃借する側にとって、この構造は交渉材料になります。
築古ビルのオーナーが「周辺の新築ビルの賃料が上がっているから」という理由で増額を求めてきた場合、それが妥当かどうかは検証すべきです。新築大型ビルの賃料水準と、築古中小ビルの賃料水準は、同じ市場を形成していません。
また、継続中の賃貸借契約における賃料は、新規に募集する場合の賃料とは考え方が異なります。この点は過去記事「賃料の値上げ交渉で『新規相場』は通用しない|継続賃料4手法を不動産鑑定士が解説」をご参照ください。
移転を検討する場合も、複数の選択肢の総コストを比較する材料として、賃料水準の客観的な把握が役立ちます。
3-3. 投資家・金融機関――平均値で見ないこと
最後に、投資判断や与信判断を行う立場の方へ。
「東京23区の空室率」「都心5区の平均賃料」といったマクロ指標は、市場全体の方向感を掴むには有用ですが、個別のビルの評価には使えません。同じエリアの中で、新築大型ビルと築古中小ビルはまったく異なる需給の下にあるからです。
区分所有オフィスの場合はさらに論点が増えます。この点は過去記事「区分所有オフィスの評価が難しい5つの理由 ― マンションとは違う鑑定のポイント」をご覧ください。
当事務所では、オフィスビルの個別の競争力を踏まえた評価に対応しております。
まとめ
東京のオフィス市場で問題になるのは供給の総量ではなく、供給の偏りが生む二極化です。
要点を振り返ります。
- 森トラストの「東京23区の大規模オフィスビル供給量調査2026」によれば、東京23区の大規模オフィスビル供給量は2025年に113万㎡(前年比176%)となった一方、今後5年間の平均は87万㎡と過去20年平均106万㎡の77%にとどまる見込みで、総量としての「大量供給」は起きない
- 供給される物件は事務所延床面積20万㎡以上の超大型ビルに偏り(2006〜2010年の8%から2026〜2030年は31%へ上昇)、立地も都心3区、特に千代田区・中央区に集中する
- 新築ビルの内定率は2025年竣工で9割後半、2027年竣工でも5割超と需要は旺盛であり、市場全体としては逼迫の方向にある
- 一方で築古中小ビルは玉突きの連鎖の最後尾にあり、空室率が10%から25%に悪化すると、想定例では収益価格が6億8,600万円から5億2,800万円へと約1億5,800万円下落する
- 賃料を下げて空室を埋めても収入面では改善せず、改修・建替え・売却または用途転換のいずれを選ぶかを数字で比較する必要がある
保有ビルの競争力に不安を感じておられるビルオーナー様、オフィスの更新交渉や移転を検討されている企業の総務ご担当者様、そして投資判断・与信判断のために個別ビルの評価が必要な方へ。
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