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定期借家にすると物件価格は下がる?募集家賃は普通借家より高いデータと評価の実務を不動産鑑定士が解説

公開日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
ブルーアワーの東京都心を見下ろす高級賃貸マンションのラウンジ内観

はじめに

「定期借家にすると家賃を下げないと決まらない」「更新がない物件は売るとき安く買い叩かれる」――賃貸オーナーの方から、こうしたご相談をいただくことがあります。管理会社から定期借家契約を勧められたものの、資産価値が下がるのではないかと不安になり、判断を保留されているケースです。

結論から申し上げます。定期借家契約それ自体が物件価格を押し下げるわけではありません。むしろ建替えを予定している物件や、契約賃料が市場水準を下回っている物件では、価格を押し上げる方向に働きます。価格への影響は「定期借家か普通借家か」という契約類型では決まらず、残存期間・再契約の見通し・賃料水準という3つの変数で決まるのです。

本記事では、定期借家契約の法的な仕組みを整理したうえで、最新の募集家賃データが示す意外な事実を紹介し、私たち鑑定士が収益価格を求める際に定期借家をどう織り込んでいるかを、具体的な試算とともに解説します。

第1章:定期借家契約とは何か――普通借家との決定的な違い

1-1. 更新がない、という一点がすべてを変える

定期借家契約(正式には定期建物賃貸借。借地借家法第38条に定められた、契約の更新がないことを特約できる建物賃貸借)は、2000年3月1日に施行された制度です。普通借家契約で貸主が更新を拒絶するには「正当の事由」(同法第28条。建物の使用を必要とする事情や立退料の提供などを総合考慮して判断される)が必要ですが、定期借家契約では期間の満了によって契約が確定的に終了します。正当事由も立退料も不要です。

この違いは、不動産の価値を考えるうえで決定的です。普通借家の建物を建て替えようとすれば、貸主は明渡し交渉を経て立退料を支払わなければならないことがあります。その算定は「立退料に『相場』はない?不動産鑑定士が教える算定の仕組みと、提示額の妥当性を見極める3つの視点」で解説していますが、居住用でも1戸あたり数十万円から数百万円になり得ます。定期借家であれば、この負担が構造的に発生しません。

1-2. 成立要件は3つ。ひとつ欠けると普通借家になる

定期借家契約を有効に成立させるには、次の3つがすべて必要です。

  • 期間の定めがあること(借地借家法第38条第1項)。普通借家と異なり1年未満の契約も有効です
  • 書面または電磁的記録によって契約すること(同条第1項・第2項)。2022年5月18日施行の改正で電子契約が可能になりました
  • 契約書とは別個の書面で、更新がなく期間満了により終了する旨をあらかじめ説明すること(同条第3項)。借主の承諾があれば電磁的方法でも提供できます(同条第4項)

このうち事前説明を欠くと、更新がない旨の定めは無効となり普通借家契約として扱われます(同条第5項)。契約書に「本契約は定期建物賃貸借である」と記載していても、独立した説明書面の交付と説明がなければ効力が生じません。実務上、最も事故が起きやすい論点です。

なお、2000年3月1日より前に締結された居住用建物の賃貸借は、当事者が合意しても定期借家契約に切り替えられません(良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法 附則第3条)。事業用の契約や、同日以降に締結された居住用の契約であれば切替えは可能です。

1-3. 終了通知と中途解約という2つの落とし穴

契約期間が1年以上の場合、貸主は期間満了の1年前から6か月前までの間に、借主へ契約が終了する旨を通知しなければなりません(借地借家法第38条第6項)。通知を怠ると期間が満了しても終了を借主に対抗できず、通知した日から6か月を経過して初めて対抗できることになります。

また、床面積200平方メートル未満の居住用建物では、転勤・療養・親族の介護などやむを得ない事情により生活の本拠として使用することが困難になった場合、借主から解約を申し入れることができ、1か月の経過で契約が終了します(同条第7項)。この規定は特約で排除できません(同条第8項)。収益予測では、小規模住戸について中途解約の可能性を見込む必要があります。

第2章:定期借家の賃料は本当に安いのか――データで検証する

2-1. 「定期借家は割安」という通説

一般に、定期借家は普通借家より賃料が低くなると説明されてきました。借主にとって住み続けられる保証がないぶん、その不利益が賃料の割引として反映される、という理屈です。考え方自体に合理性はあります。

2-2. 実際の募集家賃は定期借家のほうが高い

ところが、直近のデータはこの通説と逆の姿を示しています。アットホーム株式会社「『定期借家物件』の募集家賃動向(2025年度)」(2026年5月21日公表、対象期間2025年4月~2026年3月)によれば、首都圏の賃貸マンションでは定期借家の平均募集家賃のほうが高い傾向にあり、普通借家が上回ったのは東京都下のカップル向き(30~50平方メートル)のみでした。賃貸アパートでも、普通借家を下回るエリア・面積帯は前年度の11から5へ減少しています。

定期借家物件の割合も上昇しています。東京23区の賃貸マンションに占める定期借家の割合は2021年度以降5年連続で上昇し、2025年度は9.2%となりました。

区分(首都圏・賃貸マンション)2020年度2025年度
30平方メートル以下3.0%6.2%
30~50平方メートル3.4%6.7%
50~70平方メートル5.9%8.8%
70平方メートル超19.4%25.4%

(出典:アットホーム「『定期借家物件』の募集家賃動向(2025年度)」)

区別に見ると、50~70平方メートルの賃貸マンションにおける定期借家割合は港区が37.5%と最も高く、都心部ほど高い水準を示しています。

2-3. なぜ逆転するのか――選択バイアスを読み解く

この逆転は、定期借家が賃料プレミアムを生んでいることを意味しません。定期借家が採用される物件の属性が偏っていることによる、いわゆる選択バイアスです。

更新のない契約を受け入れる借主は限られるため、定期借家で募集して成約するのは、立地・仕様の優れた物件に偏ります。実際に同調査でも、家賃が高い物件ほど定期借家の割合が高いという傾向が確認されています。高級賃貸や外国人向け賃貸での採用が進んでいることも、平均値を押し上げる要因です。つまり、定期借家だから家賃が高いのではなく、家賃を上げやすい優良物件だから定期借家が選ばれている、という因果の向きです。

鑑定評価においてこの区別は重要です。統計上の平均賃料差をそのまま個別物件の補正率に用いれば、評価を誤ります。私たちは同一物件・同一条件を前提として、契約類型の違いが賃料や価格にどう作用するかを個別に判断します。

第3章:収益価格にどう織り込むか――鑑定実務の考え方

3-1. DCF法では「残存期間」と「その後」を分けて考える

収益還元法のうちDCF法(将来の各期の純収益と期末の売却価格を現在価値に割り引いて価格を求める手法)では、定期借家の影響が明快に現れます。残存期間中は契約賃料が固定され、期間満了後は市場賃料に回帰する、という二段構えで収益を予測するからです。

契約賃料が市場賃料を上回るオーバーレントであれば、残存期間が長いほど高い賃料を確保できる期間が延び、価格にプラスに働きます。逆に市場賃料を下回るアンダーレントであれば、低い賃料に縛られる期間が延び、マイナスに働きます。普通借家では貸主からの賃料増額請求に応じてもらえるとは限らず、継続賃料は新規相場とは別の理屈で決まります(「賃料の値上げ交渉で『新規相場』は通用しない|継続賃料4手法を不動産鑑定士が解説」をご覧ください)。期間満了という確定的なタイミングで賃料を組み替えられる点が、評価上の大きな違いです。

3-2. 再契約率をどう見るか

定期借家は期間満了で終了しますが、実務では当事者の合意により再契約されることが少なくありません。再契約率が高いと見込めれば、期間満了時の空室期間や募集費用は小さく見積もられます。逆に再契約の可能性が低い物件では、原状回復費用、空室損失、仲介手数料といったテナント入替コストを織り込む必要があります。私たちは対象不動産の再契約実績、近隣の賃貸需給、テナントの属性を踏まえて前提を設定します。

3-3. 賃料改定特約と借賃増減請求権

見落とされがちですが、定期借家では借賃の増減額請求に関する借地借家法第32条について、これと異なる特約を定めた場合にその特約が優先します(同法第38条第9項)。普通借家では増額請求を排除する特約しか効力が認められませんが、定期借家では減額請求を排除する特約も有効です。証券化不動産や事業用定期借家では、この特約の有無と内容が収益の安定性を大きく左右します。鑑定評価にあたっては、契約書の賃料改定条項まで確認したうえで将来の賃料変動シナリオを組み立てます。

3-4. 想定されるケース――アンダーレント物件の試算

数値で確認します。次の賃貸マンション1棟を想定します。

項目前提
現行契約賃料(年額)2,880万円
市場賃料(年額)3,168万円(現行比+10%)
運営費用率賃料の20%
還元利回り4.0%

市場賃料ベースの純収益は3,168万円×80%=2,534万円、これを4.0%で還元すると約6億3,400万円です。ここから、市場賃料に到達するまでの賃料差の現在価値を控除します。

  • 全戸が定期借家(残存平均1年):1年後に市場賃料へ改定できます。差額の純収益は年230万円で、1年分の現在価値は約222万円。収益価格は約6億3,180万円
  • 全戸が普通借家:増額の合意形成に平均4年を要すると見込むと、4年分の年金現価(年4.0%、4年=3.630)で約836万円。収益価格は約6億2,560万円

差は約620万円、率にして約1.0%で、定期借家のほうが高くなります。なお、この試算は前提条件を単純化したものであり、実際の評価では個別の契約内容と市場分析に基づいて判断します。

第4章:定期借家が物件価格を「上げる」場面、「下げる」場面

4-1. 建替え・再開発予定地では価格を押し上げる

定期借家の価値が最も明確に表れるのが、建替えや更地化を予定している物件です。

築40年の木造アパート20戸を想定します。普通借家であれば、貸主は各戸と明渡し交渉を行い、正当事由を補完するために立退料を支払うのが一般的です。1戸あたり100万円から200万円と見込めば総額2,000万円から4,000万円で、交渉が難航すれば明渡しまでに数年を要し、その間の機会損失も発生します。

これに対し全戸が定期借家であれば、残存期間の経過とともに契約は確定的に終了します。開発法(更地に建物を建てて分譲・賃貸することを想定し、その収入から費用を控除して素地価格を求める手法)で試算する際、この立退費用と明渡しリスクが計上されないことは、そのまま価格差として現れます。

4-2. アンダーレント物件では「市場賃料への復帰オプション」になる

賃料相場が上昇している局面では、定期借家は市場賃料へ戻すための確実な手段です。長期入居により賃料が相場から大きく乖離している物件では、その差を埋める道筋が見えていること自体が買主にとっての価値になります。近年、都心の高額賃貸で定期借家の採用が進んでいる背景には、この賃料改定のしやすさがあります。

4-3. 逆に価格を下げるのはどういう場面か

もちろん、定期借家が不利に働く場面もあります。

  • オーバーレント物件で残存期間が短い場合:期間満了後に賃料が市場水準へ下がることが織り込まれ、価格は抑えられます
  • 再契約の見込みが乏しい場合:テナント入替コストと空室リスクが繰り返し発生し、純収益の安定性が損なわれます
  • 賃料の割引を伴っている場合:借主層が限られるエリアでは成約のために賃料を下げざるを得ず、その低い賃料が収益価格の基礎になります

サブリース契約でも同様に、契約書の条項ひとつが収益価格を大きく動かします(「『30年家賃保証』でも売却価格は1,000万円下がる?サブリース物件の評価を不動産鑑定士が解説」参照)。

まとめ

定期借家契約が物件価格を下げるかどうかは、契約類型ではなく契約条件によって決まります。

要点を振り返ります。

  • 定期借家契約は期間満了により確定的に終了し、正当事由も立退料も不要となる点が普通借家との決定的な違いである
  • 成立には期間の定め・書面・独立した書面による事前説明の3要件が必要で、事前説明を欠くと普通借家として扱われる
  • 首都圏の募集家賃では定期借家のほうが高い傾向にあるが、これは優良物件に偏る選択バイアスであり賃料プレミアムではない
  • 収益価格への影響は、残存期間・再契約の見通し・契約賃料と市場賃料の乖離という3変数で決まる
  • 建替え予定地やアンダーレント物件では、定期借家であることが価格を押し上げる方向に働く

賃貸物件を所有されているオーナー様、収益物件の取得を検討されている投資家様にとって、定期借家か普通借家かは物件の出口戦略を左右する論点です。管理会社から契約形態の変更を提案されたとき、あるいは定期借家の物件を取得するか迷われたときは、その契約条件が資産価値にどう作用するかを数字で確認したうえで判断されることをお勧めします。

当事務所では、賃貸物件の収益価格の算定や、契約形態の違いを踏まえた資産価値の分析にも対応しております。鑑定評価書が必要な場面はもちろん、価格の水準を把握したいという段階のご相談も承ります。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。

なお、賃貸借契約の法的効力や個別の紛争対応については弁護士、賃料収入に係る税務の取扱いについては税理士にご確認ください。

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