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認知症の親の家は売れる?居住用不動産処分許可と売却価格の決め方を不動産鑑定士が解説

公開日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
夕日の差す部屋で高齢の父親の手に息子の手が重ねられ、テーブルに書類とペンが置かれている様子

はじめに

認知症の親の家を売却したい。けれども、親はもう契約内容を理解できない。「子どもが代わりに実家を売ればいい」と考えている方は少なくありません。施設の入居費用をまかなうため、空き家になった実家を早く処分したいという事情もあるでしょう。

先に結論をお伝えします。判断能力を失った親の家は、成年後見人を選任し、家庭裁判所の「居住用不動産処分許可」を得れば売却できます。 反対に、この手続きを経ずに子どもが売ることはできません。そして許可の審理では、売却価格が本人にとって不当に安くないか、つまり価格の相当性が確認されます。

この記事では、認知症の親の家を売るための手続きの全体像と、家庭裁判所が見るポイントを整理します。そのうえで、不動産会社の査定書だけでは価格の相当性を説明しきれない場面と、鑑定評価が役立つ場面を、私たち鑑定士の視点から解説します。

第1章:認知症の親の家を売却するには何が必要か

1-1. 意思能力のない親の売買契約は無効になる

民法第3条の2は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力(自分の行為の結果を判断できる精神的な能力)を有しなかったときは、その法律行為は無効とすると定めています。認知症が進んで売買の意味を理解できない親が署名した売買契約は、後から無効とされるおそれがあります。

子どもであっても、親の財産を代わりに売る権限は当然には持っていません。親の実印を預かっていても同じです。実務では、売買の決済時に司法書士が売主本人の意思を確認するため、本人の判断能力に疑問があれば登記の手続きが止まり、取引自体が進まなくなります。

1-2. 成年後見制度の利用が出発点になる

判断能力が失われた後に親の家を売却するには、家庭裁判所に成年後見の開始を申し立て、成年後見人(本人に代わって財産を管理し、契約などを行う人)を選任してもらう必要があります。

最高裁判所事務総局家庭局『成年後見関係事件の概況(令和7年1月〜12月)』によると、2025年12月末時点の成年後見制度(後見・保佐・補助・任意後見)の利用者は259,901人で、前年の253,941人から増えています。高齢の親の不動産をどうするかは、多くの家族が直面する問題になっています。

なお、後見人に誰が選ばれるかは家庭裁判所が決めます。親族を候補者として申し立てても、財産の状況によっては弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることがあります。

1-3. 自宅の売却には家庭裁判所の許可が必要

成年後見人が選任されても、自宅はすぐには売れません。民法第859条の3は、成年後見人が本人の居住の用に供する建物またはその敷地について、売却・賃貸・賃貸借の解除・抵当権の設定などをするには、家庭裁判所の許可を得なければならないと定めています。保佐人・補助人に代理権が与えられている場合も同様です(民法第876条の5第2項、第876条の10第1項)。

ここでいう「居住用不動産」は、今住んでいる家に限りません。施設に入所していても、退所後に戻る可能性がある自宅や、入所直前まで住んでいた自宅も含まれると扱われるのが一般的です。許可を得ずに行った処分は無効とされるため、買主にとっても許可の有無は重要な確認事項になります。

また、2026年6月17日に民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)が成立し、後見・保佐を補助に一元化する制度の見直しが決まりました。施行は公布から2年6か月以内の政令で定める日とされており、それまでは現行の制度で手続きを行います。施行後の具体的な運用は、家庭裁判所や専門家にご確認ください。

第2章:認知症の親の家の売却に必要な処分許可と「価格の相当性」

2-1. 申立てから売却までの流れ

居住用不動産処分許可の申立ては、成年後見人が、後見開始の審判をした家庭裁判所に対して行います。売却の場合の大まかな流れは次のとおりです。

  1. 不動産会社に査定を依頼し、買主候補を探す
  2. 買主と条件を詰め、「家庭裁判所の許可が得られなければ効力を生じない」旨の停止条件を付けた売買契約書案を作る
  3. 申立書に売買契約書案、固定資産評価証明書、不動産の査定書などを添えて申し立てる(収入印紙800円と郵便切手が必要)
  4. 許可の審判を受けてから売買契約を確定させ、決済・引渡しを行う

後見監督人が選任されている場合は、その意見書も添付します。許可が出る前に売買契約を確定させてはいけないという順序が、この手続きの特徴です。

添付する査定書について、大阪家庭裁判所の案内『居住用不動産処分許可の申立てについて』は、不動産鑑定に準じた詳しい記載内容の査定書を仲介業者等に作成してもらうよう求めています。さらに、査定価格よりも低い価格で売却する場合には、なぜ低額で売却するのかの説明書も添付するよう求めています。家庭裁判所が価格の根拠をそれだけ重視していることの表れです。

2-2. 家庭裁判所が確認する4つの観点

家庭裁判所は、主に次の観点から処分の可否を判断します。

観点確認される内容
処分の必要性施設費・医療費の捻出など、売却しなければならない理由があるか
本人の生活への配慮帰る家を失うことが本人の心身や生活に悪影響を及ぼさないか
価格の相当性売却価格が時価に比べて不当に安くないか
代金の管理売却代金が本人のために適切に管理・使用されるか

このうち、私たち鑑定士が関わるのが「価格の相当性」です。後見人には本人の財産を守る義務があるため、相場より安い価格で売れば、本人の財産を減らしたとして責任を問われかねません。

2-3. 査定書と鑑定評価書の違い

不動産会社の査定書は、売り出し価格を決めるための営業上の資料です。無料で作成してもらえる一方、会社によって数百万円単位で金額が割れることも珍しくありません。査定の根拠や採用した取引事例が十分に示されないこともあります。

これに対し、鑑定評価書は不動産の鑑定評価に関する法律に基づき、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に則って作成する書類です。取引事例比較法や原価法などの手法を適用し、なぜその価格になるのかを根拠とともに示します。第三者に対して価格の妥当性を説明する資料として位置づけが明確である点が、査定書との大きな違いです。

通常の売却であれば、複数社の査定書で足りるケースも多いでしょう。問題は、査定書だけでは価格の相当性を説明しきれない場面です。

2-4. 申立て前に押さえておきたい実務上の注意点

まず、審理には一定の期間がかかります。大阪家庭裁判所の案内も、取引が成立する一歩前の段階で申し立て、本取引日は余裕を持って設定するよう求めています。買主には、許可が出るまで決済できないことを最初に説明しておく必要があります。

次に、許可の対象は売却だけではありません。空き家になった実家を取り壊す場合や、賃貸に出す場合、リフォーム資金のために抵当権を設定する場合も、居住用不動産の処分として許可が必要です。「売らずに貸すだけだから許可はいらない」と判断するのは誤りです。

最後に、許可を得た後の登記手続きでは、許可の審判書を添付するのが一般的です。売却代金は本人の口座で管理し、家庭裁判所への定期報告で使い道を説明します。代金を家族の生活費に流用すると、後見人の責任問題になるため注意が必要です。

第3章:鑑定評価が役立つ場面と家族信託との使い分け

3-1. 査定書だけでは足りない3つの場面

1つ目は、親族が買主になる場合です。後見人である長男が親の家を買い取るようなケースは、本人と後見人の利益が相反します。この場合、後見監督人(後見人を監督する人)がいれば後見監督人が、いなければ家庭裁判所が選任する特別代理人が本人を代理します(民法第860条、第826条、第851条第4号)。親族間の売買は価格が低く設定されやすいと見られるため、市場の外で決めた価格の相当性を客観的に示す資料が求められます。

2つ目は、査定額が大きく割れている場合です。どの査定額で売るのが適正かを後見人自身が判断しにくく、他の親族から「安すぎる」と異議が出ることもあります。

3つ目は、評価の難しい不動産の場合です。借地上の建物、共有持分、再建築ができない土地、崖地などは、査定の前提によって価格が大きく変わります。

3-2. 想定されるケース:長男が実家を買い取る

数値は考え方を示すための想定です。父(85歳)が認知症で施設に入所し、長男が成年後見人に選任されました。実家(土地120㎡・築40年の木造戸建)を長男が買い取り、代金を施設費に充てる計画です。

資料価格備考
A社査定書2,400万円建物の価値をほぼゼロと判断
B社査定書2,800万円近隣の成約事例を重視
C社査定書3,300万円売り出し価格の提案
鑑定評価額3,000万円取引事例比較法・原価法で試算価格を調整

長男が最も低いA社の2,400万円で買い取る案を出すと、鑑定評価額との差は600万円です。この差額は本人の財産の目減りであり、将来の相続では他の兄弟の取り分にも影響します。特別代理人や家庭裁判所から価格の説明を求められたとき、根拠を示した鑑定評価書があれば、3,000万円を基準に協議を進められます。

反対に、最も高いC社の3,300万円は「この価格で売り出してみましょう」という提案であり、その価格で売れることを保証するものではありません。高い査定額に合わせて親族間の売買価格を決めると、今度は買主である長男が相場より高く買うことになります。鑑定評価額は、こうした売り手側・買い手側のどちらにも偏らない価格を示す点に意味があります。

費用の目安は、正式な鑑定評価書が30万円〜(マンション1室・借地権・底地・収益物件などは40万円〜)、金額の目安を知るための価格等調査報告書が15万円〜です(いずれも税別)。詳しくは料金のご案内をご覧ください。このケースでは、600万円の差をめぐる親族間の対立を避ける費用として検討する価値があるといえます。

3-3. 判断能力があるうちなら家族信託も選択肢

ここまでは、親の判断能力がすでに失われている場合の話です。親がまだ契約内容を理解できる段階であれば、家族信託(親が子に財産の管理・処分を託す契約)を結んでおく方法があります。信託契約で売却の権限を定めておけば、受託者である子が家庭裁判所の許可を得ずに実家を売却できます。

ただし、判断能力が失われた後に家族信託を結ぶことはできません。どちらの制度が適しているか、いつまでに準備すべきかは、司法書士・弁護士にご相談ください。家族信託で不動産の価格が問題になる場面は「家族信託で揉めないために――鑑定評価で「適正価格」を客観化する3つのタイミング」で、成年後見を含む司法書士の実務との接点は「司法書士が知るべき不動産鑑定の活用場面5選――相続登記義務化で変わる実務」で解説しています。

まとめ

認知症の親の家は、成年後見人の選任と家庭裁判所の居住用不動産処分許可という手続きを経れば売却できますが、その過程では売却価格の相当性が問われます。

要点を振り返ります。

  • 意思能力のない親が結んだ売買契約は無効とされるおそれがあり、子どもが代わりに実家を売ることはできない
  • 成年後見人が自宅を売却するには、民法第859条の3に基づき家庭裁判所の許可が必要で、許可のない処分は無効とされる
  • 家庭裁判所は処分の必要性、本人の生活への配慮、価格の相当性、代金の管理を確認する
  • 親族が買主になる場合や査定額が割れる場合、評価の難しい不動産では、鑑定評価書が価格の相当性を示す客観的な資料になる
  • 親の判断能力があるうちなら、家族信託で売却の権限を託しておく方法もある

親の施設費のために実家の売却を考えているご家族の方、居住用不動産処分許可の申立てを担当する司法書士・弁護士の先生方へ。売却価格の根拠を第三者に説明できる形で残しておくことが、本人の財産を守り、親族間のトラブルを防ぐことにつながります。

当事務所では、成年後見に伴う不動産売却の価格の検討にも対応しております。査定額の妥当性に迷われたときは、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。

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