物納が売却より得になる土地とは?相続税の物納の要件・収納価額を不動産鑑定士が解説

はじめに
「相続財産のほとんどが土地で、納税するための現金がない」
相続税の申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月。この短い期間に、遺産分割の話し合いをまとめ、申告書を作り、そして現金で納税しなければなりません。財産の大半が不動産という日本の典型的な相続では、この「現金で」が最大の難関になります。
こうしたときの選択肢として、税法は延納(分割払い)と物納(不動産等の現物による納付)を用意しています。「土地で納められるなら、売れない土地を国に引き取ってもらえばよいのでは」と考える方もいらっしゃるでしょう。
しかし、ここは正確に理解していただく必要があります。物納は、いらない土地の処分手段ではありません。物納には厳格な要件があり、国が管理・処分に困る財産は最初から受け付けられない仕組みになっています。境界が曖昧な土地、抵当権のついた土地、権利争いのある土地は門前払いです。
一方で、要件を満たすように財産を整えたうえで使えば、物納は今なお有効な納税手段です。特に、市場で売却すると時間がかかる土地や、売却価格が相続税評価額を下回るような土地では、売却して納税するより物納のほうが有利になる場合があります。
この記事では、物納の制度を整理し、どのような場合に有利になるのか、そして不動産の側でどのような準備が必要かを解説します。なお、物納の申請手続と税務判断は税理士の専門領域ですので、具体的な適用は必ず税理士にご確認ください。
第1章:物納制度の仕組み
1-1. 3つの基本要件
相続税法第41条は、税務署長は、納税義務者について延納によっても金銭で納付することを困難とする事由がある場合、その困難とする金額を限度として、物納を許可することができると定めています。
ポイントは3つあります。
第一に、金銭納付困難要件。 物納は「現金でも延納でも納められない」場合の最後の手段と位置づけられています。手持ちの現預金や、延納によって分割で払える金額を超える部分しか物納できません。相続人自身の収入や固有財産も考慮されます。
第二に、申請期限。 物納申請書は、納期限(申告期限)までに提出しなければなりません。相続開始から10か月の間に、遺産分割・申告と並行して物納の準備を終える必要があるということです。
第三に、財産の適格性。 物納に充てられる財産は国内にある相続財産に限られ、相続税法第41条第2項により種類ごとに順位が定められています。第1順位が不動産・船舶・国債証券・地方債証券・上場株式等、第2順位が非上場株式等、第3順位が動産です。原則として上位の順位から充てることになります。
1-2. 管理処分不適格財産 ― 門前払いされる不動産
物納制度の実務上の核心は、国が引き取れない財産の類型が明文で定められていることです。これを管理処分不適格財産(相続税法施行令第18条、同法施行規則第21条)といい、不動産では次のようなものが該当します。
- 抵当権その他の担保権の目的となっている不動産、差押えがされている不動産
- 権利の帰属について争いがある不動産
- 境界が明らかでない土地
- 隣接する不動産の所有者等との争訟によらなければ通常の使用ができないと見込まれる不動産
- 他の土地に囲まれて公道に通じない土地で、通行権の内容が明確でないもの
- 他の不動産と一体として利用されている不動産(単独では利用困難なもの)
- 借地権の目的となっている土地で、借地権者が不明であるもの
- 耐用年数を経過している建物(通常の使用ができるものを除く)
- 敷金の返還債務等を国が負担することとなる不動産(申請者において清算することを確認できる場合を除く)
- 土壌汚染や地下埋設物があり、管理・処分に要する費用が収納価額に比べて過大となると見込まれる不動産
このリストを見て気づかれると思いますが、「売りにくい土地」の典型例がそのまま並んでいます。つまり、市場で売れない土地は国も引き取らない、というのが制度の基本思想です。
1-3. 物納劣後財産 ― 後回しにされる不動産
管理処分不適格財産のほかに、物納劣後財産(相続税法施行令第19条)という類型があります。他に物納に充てるべき適当な価額の財産がない場合に限って物納が認められる財産で、不動産では次のようなものです。
- 地上権、永小作権、地役権、入会権等が設定されている土地
- 法令の規定に違反して建築された建物とその敷地
- 土地区画整理事業の施行地区内で仮換地または一時利用地の指定がされていない土地
- 現に納税義務者の居住の用または事業の用に供されている建物とその敷地(納税義務者自身が建物と敷地を併せて物納申請する場合を除く)
- 配偶者居住権の目的となっている建物とその敷地
- 劇場、工場、浴場その他の維持管理に特殊技能を要する建物とその敷地
- 建築基準法第43条第1項に規定する道路に2メートル以上接していない土地(接道義務違反)
- 市街化区域以外の区域にある土地(宅地として造成することができるものを除く)
- 農用地区域内の土地、保安林として指定された区域内の土地
ここは誤解の多い箇所です。劣後財産とされるのは「市街化調整区域内の土地」ではなく、都市計画法第7条第2項に規定する市街化区域以外の区域にある土地であり、市街化調整区域だけでなく非線引き区域や都市計画区域外の土地も含まれます。逆に、市街化調整区域内であっても宅地として造成できる要件を満たせば劣後財産にはあたりません。市街化調整区域の土地の価格については、当事務所の過去記事「市街化調整区域の土地は本当に売れないのか?価格が10倍変わる4類型を不動産鑑定士が解説」で4類型に分けて整理しています。接道義務を満たさない土地の価格については「再建築不可物件はいくらで売れるのか?更地価格の2割から7割まで変動する理由を鑑定士が解説」をご覧ください。
つまり物納の対象となる不動産は、「不適格でない」かつ「劣後でもない」、あるいは「劣後だが他に財産がない」という絞り込みを通過したものに限られます。
第2章:物納は損か得か ― 収納価額から考える
2-1. 収納価額は相続税評価額
物納された財産を国が引き取る価額を収納価額といいます。相続税法第43条は、物納財産の収納価額は原則として課税価格計算の基礎となったその財産の価額によると定めています。つまり、路線価等で計算した相続税評価額そのままです。ただし、収納の時までに財産の状況に著しい変化が生じたときは、収納時の現況によって定められます。
ここが、物納の有利・不利を分ける核心です。
土地の相続税評価額は、公示価格水準の8割程度を目安に設定されています。市場で時価どおりに売れる土地であれば、売却して現金で納税するほうが有利です。1億円で売れる土地の相続税評価額が8,000万円なら、売却すれば1億円(譲渡費用・税金を除く)を手にでき、物納すれば8,000万円分の納税にしかならないからです。
しかし、逆の土地があります。市場では相続税評価額を下回る価格でしか売れない土地です。地方の広い土地、形の悪い土地、需要の乏しいエリアの土地。こうした土地では、評価額8,000万円に対して市場売却額が6,000万円ということが現実に起こります。この場合、物納すれば8,000万円分の納税効果があり、売却より2,000万円有利になる計算です。
2-2. 数値で比較する ― 売却納税と物納
相続税4,000万円を納める必要がある相続人が、相続税評価額5,000万円の土地の処分を検討しているケースで比較します。
ケース1:市場で6,500万円で売れる土地の場合
| 項目 | 売却して納税 | 物納 |
|---|---|---|
| 手取り・納税充当額 | 売却額6,500万円−譲渡費用・税金約900万円=約5,600万円 | 収納価額5,000万円 |
| 納税4,000万円後の残り | 約1,600万円 | 1,000万円相当(下記の超過物納の扱いによる) |
この場合は売却が有利です。
ケース2:市場で4,000万円でしか売れない土地の場合
| 項目 | 売却して納税 | 物納 |
|---|---|---|
| 納税充当額 | 売却額4,000万円−譲渡費用等約400万円=約3,600万円 | 収納価額5,000万円 |
| 結果 | 不足400万円を他の財産から捻出 | 納税4,000万円が完了(超過分の扱いは下記のとおり) |
この場合は物納が明確に有利です。
ここで、上の表に出てきた超過分について補足します。物納は「納付を困難とする金額を限度として」許可される制度ですから、収納価額が納税額を上回る物納(超過物納)は当然に認められるものではありません。原則は、分筆等によって納税額に見合う部分だけを物納することになります。物納財産の性質上どうしても分割が困難な場合に限って超過物納が認められ、超過部分は金銭で還付されます。ただし後述のとおり、この還付部分には譲渡所得税が課されます。したがって、収納価額と納税額をどう突き合わせるかは、分筆の可否を含めた個別の設計問題になります。
そのうえで判断の分かれ目は、「その土地の市場価格が相続税評価額を上回るか下回るか」という一点にあります。そしてこの判断には、時価の客観的な把握——まさに不動産の評価——が不可欠なのです。
2-3. 見落とされがちな2つの留意点
有利判定にあたって、あわせて考慮すべき点が2つあります。
第一に、譲渡所得税との関係。 売却して納税する場合、譲渡益には譲渡所得税がかかります(相続税額の一部を取得費に加算できる特例があります)。一方、物納による財産の移転は、租税特別措置法第40条の3により、物納の許可を受けた相続税額に対応する部分について譲渡所得税が課されません。ただしこの非課税は許可された税額の範囲にとどまるため、超過物納で金銭が還付される部分は課税の対象になります。譲渡益の大きい土地ほど、この差は効いてきます。
第二に、小規模宅地等の特例との関係。 小規模宅地等の特例(被相続人の居住用・事業用の宅地について、一定面積まで相続税評価額を最大80パーセント減額できる制度)の適用を受けた土地を物納する場合、収納価額は特例適用後の減額された価額になります。特例で評価額を8割減らした土地を物納しても、2割の価額でしか収納されないということです。特例適用地の物納は原則として避けるべき、というのが実務の定石です。
これらの税務判断は個別性が高いため、必ず税理士にご確認ください。
第3章:物納を可能にする準備 ― 不動産側の実務
3-1. 物納は「準備の勝負」である
前章までを整理すると、物納が有効な場面は明確です。市場価格が相続税評価額を下回る土地があり、金銭納付困難要件を満たす場合。問題は、その土地が管理処分不適格財産に該当したままでは申請できないことです。
そして不適格事由の多く——境界の不明確、権利関係の未整理、越境——は、相続が起きてから10か月で解消するのが難しいものばかりです。だからこそ物納は、相続開始後ではなく、生前の準備の勝負になります。
3-2. 生前に整えておくべき4項目
物納を選択肢として残しておきたい土地について、生前に整えておくべきことは次の4つです。
第一に、境界の確定。 隣地所有者との立会いを経た確定測量を行い、境界標を設置し、筆界確認書(隣接地の所有者との間で境界の位置を相互に確認したことを書面化したもの)を取り交わしておく。管理処分不適格事由のうち最も多い「境界が明らかでない土地」を解消する、物納準備の中核です。
第二に、権利関係の整理。 使っていない土地に残った古い抵当権の抹消登記、借地契約・使用貸借の書面化、共有状態の解消。
第三に、越境・付属物の処理。 隣家の塀や樹木の越境、自分の側からの越境を、覚書等で整理しておく。
第四に、賃貸物件の契約整備。 貸地・貸家を物納する場合、賃貸借契約書の整備と、敷金の精算関係の明確化が必要になります。契約書のない貸地は物納の大きな障害になります。
お気づきのとおり、これらは物納のためだけの作業ではありません。売却するにも、担保に入れるにも、遺産分割するにも必要な、不動産の「健康診断と体質改善」です。物納の準備は、そのままあらゆる出口の準備になります。
3-3. 評価の視点からの貢献
この領域で私たち鑑定士がお役に立てるのは、次の場面です。
第一に、有利判定の前提となる時価の把握。 保有する土地ごとに、市場価格と相続税評価額の大小関係を明らかにする。これにより「売却すべき土地」と「物納候補の土地」の仕分けができます。
第二に、相続発生前の資産の棚卸し。 どの土地に不適格事由があるか、解消にどの程度の費用と時間がかかるかを、納税資金の計画とあわせて整理します。
第三に、遺産分割との調整。 物納は財産を取得した相続人が申請します。誰がどの土地を取得するかによって物納の可否と有利性が変わるため、分割協議の段階から時価情報を提供することに意味があります。分割協議における不動産評価の考え方は、当事務所の過去記事「30年前の贈与は今いくら?特別受益・寄与分の不動産評価を鑑定士が解説」もあわせてご覧ください。
相続した不動産の時価を確かめる方法は、相続・遺産分割の不動産鑑定のページでまとめています。
まとめ
物納は「売れない土地の処分手段」ではなく、要件を満たすよう財産を整えたうえで使う、条件付きの納税手段です。しかし条件が合致したとき——市場価格が相続税評価額を下回る土地を抱えた納税困難な相続——では、売却納税より明確に有利になり得ます。
要点を振り返ります。
- 物納には金銭納付困難要件・申請期限(申告期限まで)・財産の適格性という3つの要件があり、延納によっても納められない金額の範囲でしか認められない。
- 境界不明確な土地や担保権付きの土地など管理処分不適格財産は物納できず、接道義務違反の土地や市街化区域以外の区域にある土地などは物納劣後財産として後回しにされる。
- 収納価額は原則として相続税評価額であるため、市場価格が評価額を上回る土地は売却が有利、下回る土地は物納が有利という明確な判断軸がある。
- 物納は許可された相続税額に対応する部分に譲渡所得税が課されない一方、超過物納の還付部分は課税され、小規模宅地等の特例適用地は減額後の価額でしか収納されないため、税理士との連携による個別判断が不可欠である。
- 不適格事由の解消(境界確定・権利整理・越境処理・契約整備)は相続開始後10か月では間に合いにくく、物納は生前準備の勝負であり、その準備は売却など他の出口にもそのまま活きる。
不動産の多い財産構成で将来の納税に不安をお持ちの方、顧問先の納税資金計画に物納の選択肢を検討されている税理士の先生へ。土地ごとの時価と相続税評価額の乖離の把握から、物納候補地の適格性の整理まで、不動産の側から納税戦略を支えます。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。



