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なぜ鑑定評価書には3つの価格が並ぶのか?原価法・取引事例比較法・収益還元法の違いを不動産鑑定士が解説

公開日:更新日:執筆:不動産鑑定士 吉田健人
夜のオフィスのデスクに広げられた3枚の書類と、窓の外に広がる東京の夜景

はじめに

不動産鑑定評価書を初めて手に取った方から、よくこう尋ねられます。「なぜ同じ土地に、3つも違う金額が書いてあるのですか」と。

鑑定評価書の中盤には、積算価格・比準価格・収益価格という3つの試算価格が並び、その後に「鑑定評価額」として最終的な1つの金額が示されます。数字が3つも並んでいれば、「結局どれが正しいのか」「都合のよい数字を選んでいるのではないか」と感じるのも無理はありません。

しかし、この3つの数字が並んでいることこそが、不動産鑑定評価が査定書と決定的に異なる点であり、価格の説得力を支える構造そのものです。1つの根拠だけで示された価格は、その根拠が崩れた瞬間に丸ごと崩れます。複数の異なる角度から価格を求め、それらの整合性を検証するからこそ、税務署や裁判所を相手にしても通用する価格になるのです。

この記事では、不動産鑑定評価基準が定める3つの手法について、それぞれ何を根拠に価格を求めているのか、どの不動産にどの手法が効くのか、そしてなぜ最後に1つへ収れんさせるのかを、私たち鑑定士の実務に即して解説します。

第1章:3手法はそれぞれ何を根拠に価格を求めるのか

不動産鑑定評価基準 総論第7章第1節は、価格を求める鑑定評価の手法として、原価法、取引事例比較法、収益還元法の3方式を定めています。この3つは、経済学でいう費用性・市場性・収益性という3つの価値の側面にそれぞれ対応しています。

1-1. 原価法(Cost Approach)――「いま同じものをつくるといくらか」

原価法は、価格時点において対象不動産を再び調達するのに必要な原価(再調達原価)を求め、そこから経過年数などに応じた減価修正を行って価格を求める手法です。求められた価格を積算価格と呼びます。

考え方は直感的です。築20年の建物であれば、いま新築するのにかかる建築費を算出し、20年分の価値の減少を差し引く。この「価値の減少」を求める作業が減価修正であり、耐用年数に基づく方法と、実際に建物を見て判断する観察減価法を併用するのが基本です。

注意すべきは、既成市街地の宅地には原価法を原則として適用しないという点です。何十年も前に市街化された土地について、「いま造成するといくらか」を把握することはできないためです。原価法が土地に適用されるのは、造成地や埋立地など、造成に要した費用が把握できる場合に限られます。

1-2. 取引事例比較法(Sales Comparison Approach)――「似た物件はいくらで売れたか」

取引事例比較法は、対象不動産と類似する不動産の取引事例を多数収集し、必要な補正・修正を加えて価格を求める手法です。求められた価格を比準価格と呼びます。

ここでいう「補正・修正」は、次の4段階で行われます。

  1. 事情補正――売り急ぎや親族間取引など、特殊な事情が価格に影響している場合にこれを正常化する
  2. 時点修正――取引時点から価格時点までの市場の変動を反映させる
  3. 地域要因の比較――事例地の存する地域と対象不動産の存する地域の、標準的な使用や環境の優劣を比較する
  4. 個別的要因の比較――間口・奥行・形状・角地か否かなど、その画地固有の条件を比較する

一般の方が「相場から考えると3,000万円くらい」と話すとき、頭の中で行っているのはこの手法の簡略版です。ただし鑑定評価では、事例の選択理由から補正率の根拠まで、すべてを評価書に記載して検証可能にします。ここが仲介会社の査定書との分岐点になります。両者の違いについては、当事務所の過去記事「査定と鑑定の違いとは?マイホーム売却で損しない価格判断術」でも整理しています。

1-3. 収益還元法(Income Approach)――「その不動産はいくら稼ぐか」

収益還元法は、対象不動産が将来生み出すと期待される純収益の現在価値の総和を求める手法です。求められた価格を収益価格と呼びます。

手法は2つに分かれます。

直接還元法は、一期間の純収益(NOI)を還元利回りで割り戻す方法です。純収益620万円、還元利回り6.5%であれば、620万円 ÷ 0.065 ≒ 9,538万円となります。

DCF法(Discounted Cash Flow法/割引現在価値法)は、保有期間中の各年の純収益と期末の売却価格(復帰価格)を、それぞれ現在価値に割り引いて合計する方法です。証券化対象不動産の評価では、このDCF法の適用が原則とされています。DCF法の詳細は、過去記事「その利回り、本当に信じて大丈夫?DCF法で見抜く不動産の”本当の価値”」をご覧ください。

収益還元法は賃貸用不動産だけの手法ではありません。自用の住宅であっても、賃貸に供したと想定して収益価格を求めることができます。基準も、自用の不動産であっても賃貸を想定することにより適用されるとしています。

第2章:手法の適用は対象不動産によって変わる

3つの手法は、どんな不動産にも等しく使えるわけではありません。対象不動産の種類によって、適用できる手法と、重視すべき手法が変わります。

2-1. 更地――比準価格と収益価格

前述のとおり、既成市街地の更地に原価法は適用できません。したがって、取引事例比較法による比準価格と、収益還元法(土地残余法)による収益価格を求めるのが基本形です。

マンション用地のように、開発して分譲することが最有効使用となる土地であれば、これに加えて開発法による価格を求めます。分譲総収入から造成費・建築費・販売費・投下資本収益を控除して素地価格を導く手法で、デベロッパーの用地取得の思考をそのまま計算式にしたものです。

2-2. 自用の建物及びその敷地――積算価格が軸になる

所有者が自ら使用している戸建住宅や自社ビルでは、土地と建物を一体として、原価法による積算価格と取引事例比較法による比準価格を求めます。収益性が価格形成の中心ではないため、収益価格は参考にとどめる、あるいは求めないという判断もあり得ます。

2-3. 貸家及びその敷地――収益価格を標準とする

賃貸マンション、賃貸オフィス、賃貸店舗といった収益不動産では、収益価格を標準とし、積算価格と比準価格を比較考量して決定するのが基本的な考え方です。投資家がその不動産を買う理由は収益にあるのだから、価格も収益から導くのが素直だ、という発想です。

なお、既存の賃貸借契約が続いている場合の賃料(継続賃料)と、新たに募集する場合の賃料(新規賃料)は水準が異なります。賃料そのものの評価については、過去記事「賃料の値上げ交渉で『新規相場』は通用しない|継続賃料4手法を不動産鑑定士が解説」で詳しく解説しています。

第3章:なぜ3つも求めるのか――試算価格の調整

3-1. 3つの数字は「候補」ではなく「検証材料」

不動産鑑定評価基準 総論第8章第7節は、求められた各試算価格について、その再吟味と説得力に係る判断を行う「試算価格の調整」を求めています。

重要なのは、調整とは3つのうちから1つを選ぶ作業でも、単純に平均する作業でもないということです。それぞれの試算価格について、採用した資料の適切性、手法の適用の妥当性、そして対象不動産の価格形成要因との適合度を吟味し、どの手法に説得力があるかを判断する。この思考過程そのものが、鑑定評価額の根拠になります。

3-2. 数値で見る調整のプロセス

築15年、総戸数30戸の賃貸マンション1棟を例に考えてみましょう。

試算価格金額内訳・前提
積算価格9,000万円土地5,000万円+建物(再調達原価8,000万円-減価修正4,000万円)
比準価格9,600万円近隣の1棟収益物件の取引事例3件から比準
収益価格9,538万円純収益620万円 ÷ 還元利回り6.5%

貸家及びその敷地ですから、収益価格9,538万円を標準とします。比準価格9,600万円はこれとよく整合しており、市場の実勢が収益からの逆算とほぼ一致していることを裏づけます。積算価格9,000万円はやや低く出ていますが、これは建物の減価修正が耐用年数に依拠しており、実際の維持管理状態を十分に反映していないためと考えられます。

以上を総合し、端数を整理して鑑定評価額を9,500万円と決定する――評価書には、こうした判断の道筋が文章として記載されます。

3-3. 3つの数字が大きく割れたときこそ情報がある

実務でしばしば起こるのが、試算価格が大きく乖離するケースです。たとえば積算価格1億2,000万円に対して収益価格7,000万円という結果が出たとします。

これは矛盾ではなく、その不動産が抱える問題を示すシグナルです。建物のスペックに対して賃料が取れていない、空室率が高い、あるいは最有効使用が現況と異なっている――収益価格が積算価格を大きく下回るとき、そこには必ず理由があります。乖離の理由を突き止めて言語化することが、鑑定評価の実質的な価値だと私たちは考えています。

こうした構造は、鑑定評価書を読み解くうえでの勘所でもあります。過去記事「プロの思考がわかる!『不動産鑑定評価書』の読み解き方ガイド」もあわせてご参照ください。

まとめ

不動産鑑定評価の3手法は、費用性・市場性・収益性という異なる角度から同じ不動産を照らし、その結果を突き合わせて1つの価格に収れんさせる仕組みです。

要点を振り返ります。

  • 原価法は再調達原価から減価修正を行って積算価格を求める手法で、既成市街地の宅地には原則適用しない
  • 取引事例比較法は事情補正・時点修正・地域要因および個別的要因の比較を経て比準価格を求め、査定書と異なりすべての補正根拠を評価書に明示する
  • 収益還元法は直接還元法とDCF法に分かれ、自用の不動産でも賃貸を想定することで適用できる
  • 対象不動産の種類によって重視する手法は変わり、貸家及びその敷地では収益価格を標準として他の試算価格を比較考量する
  • 試算価格の調整は3つから1つを選ぶ作業ではなく、各手法の説得力を吟味する思考過程であり、乖離が生じたときこそその理由に価値がある

不動産の価格について、根拠を持って説明できる数字が必要な法人のご担当者様、士業の先生方、そして初めて鑑定をご検討される個人の方へ。手法の選択や費用の目安については、過去記事「不動産鑑定の費用はいくら?114社の料金調査でみる相場と費用を抑える5つのコツ」もご参考になります。

対象不動産にどの手法が適するのか、どこまでの調査が必要なのか、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。

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